音楽

2012年12月10日 (月)

『私の心は……』

この前のブログで『僕の見た震災はテレビの中』という自作の歌詞を乗せたら、ある人から(俳優の中山雄介君だけどね)コメントが来て、今度は『私の心は……』も乗せて下さいと言われました。彼はこの曲が好きで、ありがたい事にいつも「歌って下さい」と言われるのです。先日のバースデイライブの時は、セットリストには入れておいたのですが、時間が足りなくなってしまい、カットしてしまいました。彼はちょうど舞台の本番と重なっていてライブに来れなかったので、「まあいいか」と思ったのが正直なところで、来ていたら無理にでも歌っていたと思います。

 

MCでも言いましたが私の書く曲はトピカルソングと呼ばれている、トピック(時事問題)を唄った物が多いのが特徴です。「走れ少女よ」や「僕の見た震災はテレビの中」は代表的な例です。しかしそういう歌ばかりを作っている訳でもなく、最初に曲を書いてみようと思った時は、やはり自分の心情を唄うというのを基本にしていました。

 

けれども中々これと言った納得の出来る物が出来ない。何でなんだろうと思い、かつて自分が感動した曲の歌詞などをもう一度読み直してみたりすると、ある事に気づいたのです。自分の心情を唄うと言っていながら、実は本当に正直な気持ちは歌っていなかったのです。どこかで聞いた言葉、誰かが言っていた事、世の中で正しいと言われている建前、そんな物をいじり回して、それで自分の心情を描いたつもりになっていたのです。

 

「自分の心情を正直に描くのは、なかなか難しい事だな」と改めて思った次第です。結局、人は誰かに好かれたい、好感を持たれたいと思っているからです。だから、「俺は負けない」とか「君を信じている」とか格好いい歌詞を書きたくなってしまうのです。

 

で、とにかく一度、勇気を持って自分の正直なところを書いてみようとトライしたのが、この曲なのです。

 

 

 

『私の心は……』

詞と曲 もろさわ和幸

私の心は醜くて 見つめることなど出来ません

見つめてしまえばそれきりで 生きてゆくことさえ出来ません

 

同窓会に行きました 机を並べた悪ガキどもが 

高いスーツを着ています 自慢話を聞かされました

握手と笑顔のその裏で 友の出世が妬ましく

「おめでとう」が言えません 私の心は醜くて

 

昔の手紙を読みました 未来の自分に書いた手紙

「金や名誉に恵まれなくても 自分に正直に生きて行きたい」と

そんな手紙を書いた自分に 今の自分が言える事は

世の中なんてそんなに甘くない そんなありふれた説教だけです

 

自分が成りたくなかった自分に いつの間にか成ってしまいました

そんな事に気づいたところで 今更どうする事もできないのです

 

私の心は醜くて 見つめる事など出来ません

見つめてしまえばそれきりで 生きてゆく事さえ出来ません

 

「誰でもいい」と言いながら 人を殺した男がいます

世間が眉をひそめる側で 共感している自分がいるのです

自分を変える事など出来ず 世の中が変わればいいのだと

そんな風に思い込んで 心のナイフを握るのです

何が正しい生き方なのか これでも分かっているつもりです

もっともらしい解説は 今更聞きたくはないのです

 

私の心は醜くて 見つめる事など出来ません

見つめてしまえばそれきりで 生きてゆく事さえ出来ません

 

不運続きの人生を 嘆いて泣いて泣きぬれて

涙で満たしたグラスをあおって そんな自分に酔っているのです

 

私の心は……嗚呼 私の心は……嗚呼

 

 


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2012年11月 9日 (金)

バースデイ・ライブのお知らせ

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告知です。
 
11月24日(土)に私のバースデイ・ライブをやります。
これはそのチラシ。
 
一緒に出演する『ユリと森の音楽隊』のボーカルで、デザイナーでもあるユリちゃんこと相川由里さんに作ってもらいました。
なかなか格好良いでしょ?
 
ライブの詳細は以下の通り。
 
日時 11月24日(土) 18時30分開場 19時開演
出演 もろさわ和幸   サトウシンジ   ユリと森の音楽隊
料金  2.000円 + 1 ドリンク (500円)
 
ただ今、新曲 絶讃練習中!
皆さんのご来場をお待ちしております。
〒155-0032世田谷区代沢5-31-8エクセレント下北沢B1
TEL03-3412-6990
 
下北沢駅南口下車徒歩5分

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2012年9月23日 (日)

下北沢ロフトで唄います

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告知です。

9月30日(日)に下北沢ロフトで唄います。

開場18時30分 開演19時 料金2000円(ワンドリンク付)

私の出番は21時頃です。

約40分、5曲ほど歌うつもりです。

全曲オリジナルです。

お時間とご興味のある方、ぜひ、いらして下さい。

(受付で支払いの際に「どちらのお客様ですか?」と聞かれますので、

私の名前を言って下さい)

よろしくお願いします。

もろさわ和幸

http://www.shimokitazawa-loft.com/live/page006.html

 

 

 

 

 

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2012年7月 4日 (水)

「東京は素晴らしい」という唄

たとえば唄を作る時、フリーのシンガーソングライターなのだからどんなテーマでどんな歌詞を書いても自由である。
しかし、人は知らず知らずのうちに何かに縛られている事が多い。

東京について書く時、「冷たい大都会」とか「この街は夢の死に場所だ」とか書いてしまう。そして「故郷は美しい」のだ。もし本当にそう思っているのなら、さっさと故郷に帰った方がいい。なぜ東京にいるのか。それは東京に魅力があるからだ。しかし、その魅力を歌にする人は少ない。
日本についてもそうだ。「こんな国に生まれて」とか「この国は腐りきっている」とか歌ってしまう。
 
ビリー・ジョエルは「ニューヨークへの想い」でニュヨークに対する愛を歌い、ジム・クロウチには「ニューヨークは好きじゃない」なんて唄がある。スタンダードナンバーの「リビング・イン・USA」は、「アメリカに住むって何て素敵なの」と歌っている。
 
もっと突っ込んだ話をすると「戦争」や「原発」についてもそうだ。
「反戦歌」はあっても「好戦歌」はない。「反原発」コンサートはあっても、「原発推進コンサート」はない。
当たり前だって? 
 
キューブリックの映画「フル・メタル・ジャケット」のオープニングには「グッバイ・マイ・ダーリン・ハロー・ベトナム」というカントリー風の歌が流れる。これはベトナム戦争当時に発表された歌で、「恋人よ、俺はベトナムに行かなくてはいけない。今、自由を守るために、戦わなければいけいないだ」という様な内容を歌っている。
日本だって「同期の櫻」などのいわゆる戦歌と言われる歌は、好戦的だった。
「同じ花なら散るのは覚悟、見事散りましょ、国のため」ってのがサビだからね。
 
こういった社会問題に感心がないなら、その気持ちをそのまま正直に歌えばいい。
井上陽水の「傘がない」はそういう歌だった。テレビや新聞は難しい政治の話をしている。でも、僕は彼女に会いたいのに傘がないんだ。実に正直な歌詞で、その正直さに感銘を受けた。

東京に30年近く住んでいる。
便利で清潔な街だし、今の所、他の場所に住みたいと思った事がない。本当ならこの東京の素晴らしさを歌にするべきなのだと思う。

まだ、上手い言葉が見つからないのだが。

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2012年6月 8日 (金)

「マイ・バレンタイン」と「マイ・リトル・タウン」

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最近買ったCDはポール・マッカートニーの新作「キス・オン・ザ・ポトム」とサイモンとガーファンクルのベスト。

ポールの新作は、彼がスタンダードナンバーを歌うという企画。噂によるともっと早くやりかったけどロッド・スチュアートが先に同じ趣旨のCDを出してしまったので、延期したそうだ。

ロッド・スチュアートの奴も買ったけど、今度のポールの方が私は好きだ。

スタンダードとは言え、あまり有名でない曲が多い。でも、皆、名曲。
ポールのボーカルスタイルも実に素直で、ジャズというかスタンダードの世界にどっぷりはまっていて、なおかつポール流で……なかなかこうはいかない。

オリジナルが二曲入っていて、それぞれエリック・クラプトンとスティービー・ワンダーがゲスト参加している。どちらも素敵だが、スティービー・ワンダーがハーモニカで参加している「オンリー・アワ・ハート」がお気に入りだ。

クラプトンがギターで参加している「マイ・バレンタイ」のPVはナタリー・ポートマンとジョニー・ディップが出ているという豪華版で、ポール自身が演出しているそうだ。

サイモンとガーファンクルのベストは、ポールの新作を買う時に目について、ついでに買ってしまった。彼らの音楽は久しぶりに聞く。勿論、名曲ばかりだ。

映画「卒業」を思い出したりもする。

彼らの新曲はないが、最後に作られた「マイ・リトル・タウン」が好きだ。

「死人と死にかけた人間しか、僕らのふるさとにはいない」というサビのフレーズは、今聞いても鮮烈だ。

こういう歌詞を書くのはセンスもいるが勇気も必要だ。

そしておそらくアメリカの地方都市の一面をするどく描いているのだろう。


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2012年5月30日 (水)

「もろさわ和幸+サトウシンジ」2マンライブ終わりました

5月29日(火)の「もろさわ和幸+サトウシンジ」2マンライブ、終わりました。

新中野ワニズホールでライブをやるのは久しぶりでした。

平日にも関わらず、思った以上のお客さんが来ていただいて、嬉しかったです。

新曲4曲も歌ってしまい、歌詞カードを見ながらの演奏になってしまいました。

新曲は緊張するね。

ミスが多く、失礼しました。

セットリストは以下の通り。

 

「アンタの時代」

「中央線は今日も停まっている」

「僕が旅に出ない理由」

「さびしきライオン」

「森の音楽隊」

「ホームレス」

「走れ、少女よ」

「ライオンは眠っている」

 

「さびしきライオン」と「森の音楽隊」は、ユリと「森の音楽隊」用に書いた曲です。

ライブ後はお客さんたちとビールを飲んだり、場所を移して居酒屋で軽く打ち上げでした。

ミスは多いけど楽しいライブでした。

しかし、もっと練習せねば! 

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2012年5月27日 (日)

ワニズホールでライブ

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来週の火曜日5月29日、新中野ワニズホールで久しぶりにライブに出ます。

サトウシンジくんと二人ライブです。

詳細は以下の通り。

「もろさわ和幸&サトウシンジ」2マンライブ

日時 5月29日(火)
場所 新中野ワニズホール
オープン19時30分 スタート19時50分
19時50分から サトウシンジ
20時30分から もろさわ和幸

http://wanizhall.com/

新曲も鋭意練習中です。

もし時間があったら見に来て下さい。

両沢和幸

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2012年5月 7日 (月)

ジョンとポールの物語

野田総理が「日本がポール・マッカートニーでアメリカがジョンレノンだ」と例えた演説は、誰か考案者がいるんだろうか? 正直あまり良い例え話とは思えなかった。
少し前にアル・パチーノとロバート・デニーロが共演した刑事ものでも、「あいつらはレノン・マッカートニーみたいだ」というセリフがあった。

これも正直ピンとこないセリフだったが、ビートルズのヒット曲の大半を書き、リードボーカルを分け合ったジョン・レノンとポール・マッカートニーを、名コンビを例える時に引用したくなるのは判らないでもない。

 

ビートルズ関連の本を読んでいると、二人には単に世界一成功したバンドの主要メンバーという事以外に、特別な絆を感じる。

ジョンは18歳の時に自分の母親を交通事故で亡くした。ポールもその数年前に乳ガンで母親を失っている。二人が出会ったのは、そんな頃であった。二人は音楽以外にも、大事な人の喪失という共通項を持っていた。
ジョンの死後にポールが書いた「ヒヤ・トゥデイ」という曲には、「二人で泣き通した夜もあった」という歌詞が出てくる。
多感な時期に母を失った喪失感を、互いの存在で埋めていたのかもしれない。

「イエスタデイ」という曲に、「彼女は去って行った。僕が何か悪いことを言ったから」という件があって、最初にその歌詞を読んだ時、恋人との別れを歌うにはちょっと子供っぽい歌詞だと思っていたが、その後これはポールが死んだ母親を思いながら作った曲だと知った。
そう思ってこの歌詞を読むと、意味がまるで違って聞こえる。

さて、そんな固い絆で結ばれていたジョンとポールだが、ビートルズ解散時には泥沼の訴訟合戦と罵り合いをする事になる。
それは互いの音楽にも影響を与え、ポールは「トゥー・メニー・ピープル」や「スリー・レッグス」などの曲で遠回しにジョンを批判する歌詞を書いている。当然、ジョンも反撃するが、ジョンのやり方はダイレクトだ。「ハウ・ドゥ・ユー・スリープ」の中で「お前の書いたのはイエスタデイだけで後は駄作」だなんて事を堂々と歌っている。

これを聞いたビートルズのファンが、「ポールは親友じゃないんですか? なぜ親友と喧嘩するような曲を作るんですか?」とジョンに直接質問している映像をネットで見たことがある。
ジョンの答えはこうだ。

「親友以外の誰と喧嘩をしたらいいのか、俺には判らないね」

ビートルズ解散後、解散時の経緯もあってロック界ではポールを批判する人が多かった。しかしジョンは「ポールの悪口を言っていいのは俺だけだ」と言って、他の人間がポールを批判するのを許さなかった。

ジョンはご存じの様に40歳の若さで頭のいかれたファンに撃ち殺される。
その直前のインタビューでこんな事を言っていた。

「俺は人生で二度大きな選択をした。一度目はポール・マッカートニーで二度目はオノ・ヨーコだ。一緒に仕事をしたいと思ったのはこの二人しかいない。二人とも良い選択だったと思う」

ジョンの死後数年してポールは自伝を出す。その中でポールはこんな事を書いている。
「皆が色々な事を言うけど、結局、ジョンと僕の事は二人にしか理解出来ない。二人で部屋にこもって沢山の曲を書いた。ジョンがメロディを書き、僕がカウンターメロディを書いたりした。ジョンが笑ったり、悩んだり、おどけたり、落ち込んだりしているのを、僕はすぐ近くで見ていた。他に誰もいなかった。僕とジョン以外は……」

「二人は親友というよりも兄弟という感じだった」と周りの人は言っている。

ジョンとポールの物語はとても興味深く、関連書籍があるとつい読んでしまう。偉大なる友情の物語であり、稀にみるサクセスストーリーである。

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2012年4月27日 (金)

久しぶりにライブに出ます

桜の季節もとうに過ぎゴールデンウィークの声を聞く今日この頃、
皆さん、いかがお過ごしですか?
さて演劇モードの長かった私ですが、久しぶりにライブに出ます。
来る4月29日(日)、場所はお馴染みの東高円寺カットウです。
私の出番は20時くらいですかね。
お時間と興味のある方、是非、見に来て下さい。
「昭和の日スペシャル」と題されたイベントで、出演者の詳細は以下の通り。
 
4月29日(日)昭和の日special
「ビフテキ・ポタージュ・スパゲティ」
~昭和の薫るアーティスト特集~

①米山智紘
②山口一道
③片山所長
④行志堂
⑤もろさわ和幸
17:30 OPEN 18:00 START 1500円+1Drink
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2012年2月28日 (火)

ジョンとシンの物語

ジョンとヨーコの物語は有名だが、ジョンとシンの物語はそれほど知られてはいない。

シンとはシンシア・レノン。ジョン・レノンの最初の奥さんだ。

彼女が書いた『ジョン・レノンに恋して』という本を読んだ。

ジョン・レノンが死んだ後も、随分と長いあいだ沈黙を保っていたシンシアだが、この本ではジョン・レノンとの出会いから、ビートルズ結成、ハンブルグ時代、ビートルズデビュー、世界的な成功、オノ・ヨーコの登場、離婚、離婚後の生活、ジョンの死、全てが誠実な口調で語られている。

実に面白かった。

特にジョンとの出会いから、ビートルズデビューの辺りは、まるで良くできた青春ロックンロールストーリーを見ているようだ。

二人は美術学校の同級生として出会うのだが、当時のジョン・レノンは革ジャンにリーゼントという典型的なテディ・ボーイだった。

恋に落ちた二人はデートを重ねつつ、ジョンはロックスターになるという夢に向かって驀進する。

やがて苦労の末、ジョンは成功を手に入れる。

妊娠出産したシンシアは、自分の存在がジョンの邪魔にならないかと心配する。

マネージャーのブライアンも、シンシアの存在をファンから隠そうとする。

しかしビートルズの人気はあまりに凄まじく、シンシアの存在が世間にしれた後も、ファンが離れることはなかった。

すべてが順調に進んでいく様にみえたが……。

ジョンがドラッグにはまり、オノ・ヨーコが登場し、シンシアのストーリーは大きくカーブを描く。

 
 
ジョンがヨーコと公然と活動を始め、シンシアと離婚を考えていた時期、それまで家族の様に仲の良かったビートルズの関係者は、誰一人シンシアの前に現れなくなる。

ジョンの逆鱗に触れるを恐れた為だ。

そんな中、ポールだけがバラの花を一輪持って、シンシアを訪ねてくる。

シンシアを慰めるために。

どちらかというとポール派である私としては、このエピソードが好きだ。

シンシア曰く、ビートルズの関係者の中で、ジョンに面と向かって対抗出来るのは、ポールだけだったそうだ。

 

 

 
 
ビートルズの音楽は、今でも良く聞く。

と同時にビートルズの物語にも、何故か心ひかれる。

特にジョンとポールの物語は、実に面白い。

ポールは最近、新しいアルバムを出した。甘いスタンダードナンバーを唄うアルバムらしい。

ジョンだったら決して出さないタイプのアルバムだ。

でも、意外とジョンは気に入るかもしれない。

 

ジョンの新しい音楽が聞けないのは、やはり寂しい。

 

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