映画・テレビ

2014年11月18日 (火)

くだらないけど、素晴らしい事

 

『両沢さんはコメディしか書かないんですか?』とある俳優に聞かれた事がある。
そんな事はないのだが、『お金がない!』『味いちもんめ』『ナースのお仕事』など、よく知られている作品は確かにコメディ色が強い。

 

『コメディを書く様な人には見えないですね』とも言われた事がある。
果たしてどんな顔をしていたらコメディを書く様に見えるんだろう?

 

『全然、お前らしさがないよね』と言われた事もある。
学生の頃は小難しい映画を小難しく語るのが好きだったからか?
昔も今もコメディは好きだ。

 

『ギャグにはバーバルギャグとサイトギャグがある』と言う書き出しの、笑いを分析した文章を読んで感心した事がある。
プロデューサーとして新しい脚本家と仕事するときには、その話をするようにしている。

 

『コメディは難しい。けれどなかなか評価されない』と言う俳優は多い。
しかし日本には、たとえばジム・キャリーの様なコメディ専門という俳優は少ない。
実は、脚本家もコメディを書く人は意外と少ない。
コメディがあまり好きでない人もいる。

 

『ナースのお仕事』を始めた時、深刻な医療の現場にドタバタを持ち込むなんて、と非難の声もあった。
個人的な話だが、『ナースのお仕事』パート1の収録中に父が入院した。
スタジオと病院を行ったり来たりしながら、脚本作りをしていた。
実際の病院には、「朝倉いずみ」も「尾崎翔子」もいない。
しかし入院患者に『ナースのお仕事』は人気だった。

身近な人が癌で苦しんでいるときに、『白い巨塔』に代表されるような深刻な医療物は見たくはないだろう。

『入院患者が見ることの出来る唯一の医療ドラマ』

以来、それを売り文句にしている。

 

ちなみに最終回の放送日に、父はこの世を去った。
奇妙な偶然である。

 

『バナナの皮に滑って転んだ』というのを陳腐なギャグだと言ってしまったら演出家の負けだ。私が敬愛する映画監督がそう言っていた。
今回の『ナースのお仕事スペシャル』では、そこにチャレンジしてみた。
撮影中、「何てくだらないシーンなんだ!」と思いながら、嬉しかったのは、一流の役者やスタッフが皆、楽しそうにそれに挑戦してくれたことだ。

 

『私を会員にするようなクラブには入りたくない』というのはウディ・アレン映画の冒頭のセリフだが、それに習って最近、私はこんな言葉をひねり出した。

『くだらない物以外は、くだらなくてやる気がしない』

 

人を笑わせるのは実に大事な事だと思う。

 

 

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2012年10月28日 (日)

映画監督の死

映画監督の若松孝二さんが死んだ。

交通事故だったそうだ。まだまだ現役だと思っていたので、驚いた。残念な事である。
面識はなかったが、作品は勿論見ている。学生の頃にも、名画座などで若松孝二特集などを見た。業界に入ってからは若松プロの伝説というか武勇伝というか、様々な噂話を聞かされた。色々な意味で異色な監督であったが、連合赤軍を扱った映画は素晴らしかった。
 
この作品に関しても様々な噂話を聞いた。そもそも若松監督がこの映画を作ろうと決意したきっかけは、その少し前に原田真人監督で作られた原田版映画「あさま山荘事件」だそうだ。
連合赤軍に関する映画は、作りたいと思っている映画人が沢山いた。一番有名なのは長谷川和彦監督で、「太陽を盗んだ男」に続く作品として、かなり長い間その制作の噂があった。すでに脚本は出来ていて、何度も映画化の話が持ち上がっては消えたようだ。クライマックスは当然あさま山荘の攻防戦で、長谷川監督は一時期実際の浅間山荘を買い取って撮影したいと思っていたらしい。しかし映画は作られることなく歳月が過ぎ、このまま永遠に作られないのではないかと思っていた矢先、原田版「あさま山荘事件」が現れたのだ。
 
映画が出来て、映画人の多くは驚いた。あさま山荘事件が映画化されるとしたら、主人公は当然、立てこもって国家権力と戦った連合赤軍だと思っていた。しかし原田監督の映画の主人公は機動隊だった。原作者が当時の指揮官なのだから当然の事なのだが、映画人と呼ばれる人たちの多くは連合赤軍に特別の思いを持っていたので、まさか機動隊が主人公の浅間山荘映画が出来るとは思っていなかったのだ。

これを見て、連合赤軍を主人公にした浅間山荘物を作らなくては死んでも死に切れないと思ったのが若松監督だったそうだ。
若松監督が若いころに作った映画は、当時の「運動」の空気を帯びたものが多かった。連合赤軍から派生した日本赤軍のメンバーとの親交もあった。日本の映画界で連合赤軍を題材にして映画を撮る資格と能力があるのは、彼をおいて他にはいないだろう。
実際、出来上がった作品は素晴らしかった。クライマックスの浅間山荘のシーンは、自分の別荘を壊しながら撮影したそうだ。その熱意が十分に報われた作品の出来ばえだったと思う。
若松監督は、この映画化の後にも次々と独自の作品を生み出した。まだまだ撮ると思っていたのに、本当に残念である。
 
若松監督の死を聞いて、二人の映画監督の死を思った。
テオ・アンゲロプロスとスタンリー・キューブリックである。
 
テオ・アンゲロプロスは「旅芸人の記録」「永遠と一日」「エレニの旅」などを撮ったギリシャの監督で、最後の国際的な巨匠と呼ばれていた。私も彼の作品は大好きで、「エレニの旅」などは三度も見てしまった。
すでに高齢であるが若松監督と同じように、まだまだ新作が見れると思っていた。実際、新作の撮影中であった。その最中に交通事故で死んでしまった。
 
スタンリー・キューブリックは学生時代に一番熱狂した監督だ。「2001年宇宙の旅」「時計じかけのオレンジ」「博士の異常な愛情」「バリー・リンドン」など傑作ばかりだ。
その彼が最後に撮ったのが「アイズ・ワイド・シャット」だ。彼はこの映画の後に「A.I」という作品を作る筈だった。長い間準備をしていて、本当は「アイズ・ワイド・シャット」よりも先に映像化する筈だった。実際、私もそういう風にニュースで聞いていた。あの「2001年」以来の本格的SF映画としてキューブリック・ファンはその完成を熱望していたと思う。その後、色々な事情があって「アイズ……」の後に映像化という予定になった。しかし「アイズ……」を完成させた直後、キューブリックは死んだ。就寝中の心臓発作だったそうだ。
 
このニュースはキューブリックの大ファンであった私に衝撃を与えた。と同時に残酷な真実に気づかされた。つまり、「人生は予定通りにはいかない」という事だ。
 
この事実は私を打ちのめした。何故なら、映画監督になろうとして業界に入ったにも関わらず、私はその時まだ映画を撮っていなかったからだ。テレビの世界である程度成功し、多少は名前も売れ、金まわりも映画会社にいた時よりは良くなった。しかし、これが目指していたゴールなのかと問われれば、そうではなかった。
そして、私は自分の映画を作ることに決めた。数年後出来上がったのが私の監督デビュー作である「キープ・オン・ロッキン」である。
 
「人生は予定通りにはいかない」
いつか監督になろう。いつか自分の映画を作ろう。いつか恋人に打ち明けよう。いつか外国に行こう。いつか……。
人は沢山の「いつか」を抱えながら、代わりばえのしない「今」を生きている。そして「いつか」が訪れる前に、突然、人生のエンドマークが訪れる事もあるのだ。
 
若松監督の死は、再び私にこの残酷な真実を思い出させた。
 
 

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2012年8月14日 (火)

オリンピックと映画

ロンドンオリンピックが終わった。
始まる前はあまり興味を持っていなかったが、何だかんだ色々と見てしまった。

面白かった。
ついでと言ってはなんだが、オリンピックを題材にした映画を二本見た。
「栄光への賭け」と「炎のランナー」である。

「栄光への賭け」はマイケル・ウィナーの監督の1970年作品。今回、DVDで初めて見た。 ローマオリンピックを舞台に、世界各国からマラソンランナーが集まって来るという話で、イギリスの小説を原作にしている。

イギリス人の牛乳配達がジョギングしているランナーに競争で勝つシーンから始まり、イギリスの他にはアメリカ、チェコ、オーストラリアなど、世界各国のマラソンランナーのそれぞれのドラマが交互に描かれる。

アメリカのパートはドラッグ問題が絡んで来る。チェコは当時まだ社会主義国家だったので、国家の命を受けてレースに復帰する軍人が描かれる。オーストラリアのパートでは、白人とアボリジニの関係を描く。

それぞれの国の社会問題を描きつつ、クライマックスにまとめ上げていく脚本(エリック・シシーガルが書いている)はなかなか良くまとまっているが、演出はちょっと乱暴だ。演技も単調だし、当時はズームレンズが使われ始めた頃なのか、やたらとズーム効果を狙った画が多い。フィルムも粒子の荒さが目立つ。

「炎のランナー」は80年代の映画で、アカデミー賞も取った有名な作品だ。私も勿論、公開時に映画館で見た。今回、久しぶりにDVDで見直した。

1924年のパリオリンピックを舞台にして、イギリスの陸上チームの二人のランナーをメインに描いている。
エイブラハムというユダヤ人ランナーは、目に見えないユダヤ人差別に苦しんでいる。リデルというランナーは敬虔なクリスチャンで、宣教師でもある。二人は共に100mの選手であるが、予選が安息日に当たるというのでクリスチャンであるリデルは100mを棄権し、400mに出場する。結果、エイブラハムもリデルも金メダルを取る。

100mの選手が急に400mに競技を変更して勝てるもんかと疑問を感じたが、これは実話である。

「炎のランナー」は美術も撮影も素晴らしく、ヴァンゲリスが作曲したテーマ音楽もあまりに有名だ。今回、ロンドンオリンピックでもメダルの授賞式になるとこの曲が流れていて、イギリス人のこの映画に対する愛着を感じた。

「炎のランナー」は良くできた映画であるが、少し見方を変えるとイギリス人の自己満足的なノスタルジーに溢れた作品でもある。つまり「かつて英国は偉大であった」という想いだ。

「栄光への賭け」との大きな違いは、有色人種の選手が出てこないという点だ。
「炎のランナー」のエイブラハムはユダヤ人であり、彼に対する差別意識は描かれるが、彼自身もケンブリッジ大に所属していて、そういう意味ではエリートの一員でもある。
劇中の100mの決勝に登場する選手は、いずれの国も白人ばかりだ。薬物の話も、社会主義国家のプロパガンダの話も出てこない。古き良きオリンピックであり、今のオリンピックとはまるで違う。

「炎のランナー」の制作者たちは、あの失われた時代を愛おしく思っている様だ。

今では陸上競技の殆どを有色人種(主にアフリカ系)が占めている。ことさら人種の優劣を語るつもりはないが、「走る」という行為に関する限り、アフリカ系人種の優位は否定できないと思う。見ているとその体つきからしてまるで違う。

ちなみに今回、男子400mリレーの決勝を見ていたら、日本代表以外はすべて黒人であった。そして彼らの身体から感じられる迫力に比べ、日本人は随分と華奢に見えた。
その日本人が決勝に残っているのは、そう考えると大したもんである。残念ながら前回の様にはメダルを取る事は出来なかったけれど……。

「栄光への賭け」と「炎のランナー」
どちらの映画もそれなりに面白く見ることは出来たが、実際のオリンピックの競技の迫力とドラマ性にはかなわない。

そもそもスポーツというのは映画の題材に向いているようで、実はあまり向いていない。
例えばもし100mでオリンピックに出る選手の映画を作るとして、決勝の場面、あのボルトの走りに勝る迫力をフィクションで描き出すのは、殆ど不可能であろう。

 

 

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2012年6月23日 (土)

打ち切られたドラマ

ドラマ不毛の時代などと言われ、以前に比べ視聴率が取りづらくなっている。
今クールは二つの連続ドラマが打ち切りになったそうだ。
それを面白おかしく取り上げるメディアも多い。誰が責任者なのかを語る人もいる。しかし業界の片隅に身を置く立場としては、そう面白がってもいられない。

 
以前、私が脚本とプロデュースを担当していた連続ドラマが打ち切られそうになった事がある。
(打ち切りと言っても、日本のテレビドラマの場合、最初から回数は決まっているので、正確には短縮されたと言うべきか。アメリカなどの場合、回数を決めずにスタートする事が多い。結果、十年以上放送したドラマも多い)

「打ち切り」がやっかいなのは、それが噂されるとキャストやスタッフに動揺が走ると言うことだ。視聴率至上主義の世界では、「視聴率が悪い」という事に皆が妙に罪悪感を感じて、現場の空気が重くなるのだ。逆に「視聴率の高いドラマをやっていると偉い」みたいな雰囲気もあって、わざわざ別のスタッフルームまでやって来て「お前んところ打ち切りなんだって」などと余計な事を言う輩もいる。

さて件の私のドラマも当初は悪くない視聴率だったが、次第に下がって来ていよいよ打ち切りの話が取り沙汰されるようになったある日、制作部長がスタジオにやって来た。私たちに引導を渡すためだ。私は、対抗策をいくつか考えたが、こういった状況をひっくり返すことは前例を見ても殆ど不可能なので、最終的には「だったら最終回は書きません」と宣言しようと思っていた。
「打ち切られたなら、打ち切られたことを明確に視聴者に分かるようにしたい」と思ったのだ。
たいていの場合、脚本を変更して何とか丸く納める。しかしこれもまたアメリカの連続ドラマなどでは別で、ある日突然打ち切られてしまい、最終回がないという物があるのだ。
私としては、どうせならそっちの方がいいと思っていた。
 
しかし、当然の事ながら出来れば打ち切りは避けたい。もう最終回の直前の回まで本は出来ていたし、私としても思い入れの強い作品だったので、何とか最後まで書き切りたかった。そして思い出したのが、以前同じ局で放送していた「六羽のかもめ」というドラマだ。それは小さな劇団とテレビ局を舞台にした業界物で、倉本聡さんが脚本を手がけていた。その物語の中で、連続ドラマの視聴率が悪くて主役のベテラン女優を死んだ設定にして、人気アイドルに交代させるという話がある。その試写を見た時に、スポンサーの代表者がこんな事を言う。
「一体、これはなんなんですか? 私たちはこんなドラマのスポンサーになったつもりはない」
「いえ、でも、これは視聴率を上げるために」と言い訳する制作サイドにさらに言葉を続ける。
「あなたたちは、今このドラマを見ていない人の事ばかり考えている。しかし視聴率は低くてもこのドラマを見ている人は沢山いる。今、このドラマを見ている人をもっと大事にして下さい」
こんな真っ当な事を言うスポンサーがこの世にいるのかどうか私には判らない。だが、しかし、このドラマが倉本聡さんによって書かれ、テレビドラマとして放送されたのは事実だ。
私は引導を渡しに来た制作部長さんにこのドラマの話をした上で、
「かつてこんなに素晴らしいドラマを作った同じ局が、そんなに簡単に打ち切りを言い出していいんですか」と訴えた。
訴えながら自分でも驚くべき事が起きた。私は涙を流していた。子供の頃ならいざしらず、30過ぎたいい大人が他人の前で涙を流すなんて……とショックを受けたが、涙は止まらなかった。
私は自分で脚本を書いたこのドラマに対する思いの強さに、我ながら初めて気づいた。

私の涙が功を奏したのか、倉本先生の言葉に説得力があったのか、数日後「打ち切り」は撤回された。勿論、本当の理由はもっと別のところにある。テレビ局は一脚本家の感傷に動かされるほどヤワな組織ではない。しかし、私は私なりに精一杯戦った。その結果、最後までその物語を書き切る事が出来た。それに関しては満足している。


「他人の不幸は蜜の味」というのは本当だ。
連続ドラマに関する「打ち切り」の話題も、そんなテイストで語られる事が多い。しかし、どんなドラマでも必死になっている作り手はいる。そして、それを楽しみに見ている人も確実に存在しているのである。

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2011年8月29日 (月)

テレビVS映画

映画とテレビドラマってどう違うんですか、と聞かれる事がある。

この二つ、音と映像を使って物語を伝えるという点では良く似ているが、実はかなり違った性質を持っている。

 

テレビは部屋で見るが、映画は映画館で見る。テレビにはCMがあるが、映画にはない。テレビの画面は小さく、映画の画面は大きい。誰もが思いつく表面的な違いは、こんなところだろうか。作り手の間では、テレビは音(セリフ)が重要で、映画は映像が重要だと言われている。

 

 私が脚本の勉強を始めた頃、シナリオの教則本には、こう書かれていた。「クライマックスにはセリフが少ない方がいい。もし物語の最後まで来て、長いセリフが必要だとしたら、それまでにテーマを描ききれていないからだ」

 確かに名画といわれる作品のクライマックスは、短い印象的なセリフで締めくくられている。だらだらと喋る主人公は少ない。だから私もそういう脚本を書くように努力した。しかし、テレビの仕事をやるようになって、プロデューサーに言われた事は、クライマックスにセリフを増やしてくれ、という事だった。改めて、世間で面白いといわれているテレビドラマを見ると、確かにセリフが多い。クライマックスと言うのは、主人公が一番沢山セリフを喋るシーンだと言ってもいいくらいだ。

 

「私は映像という物を信用していない。さらに言えば、役者の芝居も信用していない。だから全てセリフに書いてしまう」と言ったのは、ドラマ界で有名な脚本家の一人だ。

 

 

一方、「映画はトーキーになりセリフを手に入れたが、それと引き換えに多くの物を失った」と言ったのは、映画監督スタンリー・キューブリックである。

 

 

 

 

この違いはどこから来るのだろう、と考えていて、ふと思い当たった。

映画は生まれたとき、サイレントであった。つまり音もセリフもなく、映像だけでストーリーを語るメディアであった。一方、テレビはラジオ放送から始まっている。テレビドラマより先に、ラジオドラマがあった。つまり、映像に音がついたのが映画であり、音に映像がついたのがテレビなのだ。

 

 

 

大学を卒業後、私が入社した映画会社は、その頃まだ沢山の映画を作っていた。やがて映画事業の業績が悪くなり、制作を打ち切るようになる。私も時を同じくしてテレビの仕事を始めるようになった。

俺はテレビはやらない。映画しかやりたくない。そう言って、頑としてテレビの仕事をやらない者もいた。あの頃、日本では、テレビドラマと映画の間には見えない壁があった。

最近は、「踊る大捜査線」に代表される様に、テレビでヒットした作品が映画化される事が多い。私も「ナースのお仕事」のテレビドラマをプロデュースし、後に映画化もしている。逆に映画で当たった物をテレビドラマにする事も盛んだ。

 

 

 

気がつくと、その年に最も多くの映画を作ったのはテレビ局だった、なんて時代になっている。

 

映画会社出身者としては複雑な思いもあるが、どんなメディアであれ、自分のオリジナルな作品を発表していくことが大事だと思っている。

 

 

 

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