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2015年4月

2015年4月15日 (水)

ベトナム戦争映画

ベトナム戦争を題材にした映画を3本続けて観た。
「地獄の黙示録」「プラトーン」「フルメタルジャケット」
勿論、劇場公開された時に見ているし、その後も何度か観た作品である。これに「ディアハンター」を加えた4本がベトナム物の代表作だろう。

同じくベトナム戦争を扱っていても、テーマはそれぞれ違う。
「ディアハンター」と「プラトーン」は、アメリカの若者がベトナム戦争に行き、そこで狂気の世界と出会い、大事な物を失うという話だ。そう言う点では一種の青春映画とも言える。
「プラトーン」は監督のオリバー・ストーンの体験をベースに作られていて、リアルで説得力がある。「ディアハンター」のロシアンルーレットは、迫力はあるが、比べるとややウソっぽい。

「地獄の黙示録」は「戦争とは何か?」というのがテーマだ。
武装ヘリの戦闘シーンが特に有名だ。ワグナーの「ワリキューレ」を流しながら村を襲撃するシーンは何度観ても凄い。しかし、後半になると観念的になり、他の文学からの引用が増えて、コッポラがエンディングに悩んだ様がそのまま出ている。

「フルメタルジャケット」も同じく戦争そのものがテーマだが、やはりキューブリックは他の監督とは物の見方が少し違う。
「プラトーン」も「ディアハンター」も「地獄の黙示録」も、ベトナムや密林の戦場に狂気が潜んでいて、アメリカの若者がそれに犯されるという視点だが、「フルメタルジャケット」では狂気はすでにアメリカ軍の中にあると明確に描いている。
彼らが敵対するベトナム軍に関しても、他の作品で理解不能な未知の生物の様であるが、「フルメタルジャケット」では最後に登場するスナイパーの少女に象徴させる事によって、敵も同じ人間である事をきちんと描いている。

ベトナム戦争は、第二次世界大戦と違って「人気のない戦争」であった。そこにはヒーローは存在せず、戦争の大義もはっきりしなかった。そのためだろうか、ベトナム戦争物はアメリカ人の被害者意識が強く反映されている。
「フルメタルジャケット」だけは、アメリカ兵が加害者なのか被害者なのか、そもそも戦争に加害者も被害者もないのではないか、という視点から描かれている。

公開当時、一番熱狂したのは「プラトーン」であったが、今観ると「フルメタルジャケット」が一番インパクトを感じる。
キューブリック映画の不思議な所である。

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2015年4月10日 (金)

『ダウントン・アビー』

少し前から興味を持っていた『ダウントン・アビー』をシーズン1・2と続けて観てしまった。
面白かった。

イギリス貴族の世界を舞台としていて、そういう意味ではジェーン・オースティン的な世界を扱っているが、時代はオースティンよりも進んでいて、馬車ではなく自動車が走り、電話なども登場する。

タイタニックの沈没事件から物語は始る。
被害者に屋敷の跡取りの名前があり、それを失ったことをきっかけに弁護士として働いているマシューという若い男が、跡取り候補としてダウントン・アビーにやって来る。
彼と屋敷の長女が結婚すれば屋敷は安泰だが、そこには様々な障害があって……という展開はオースティン的だが、それとは別に貴族とその下僕、侍女などの階級の問題が描かれている。

イギリスの映画やテレビドラマを観るといつも思うのだが、やはり昔から階級社会であり、その影は今も残っている。
このドラマにも、もちろん階級を超えた愛なども描かれているが、あくまでもそれは本筋ではない。
貴族と労働者、この二つの社会は、それぞれにしきたりと役割がある。
それぞれ自分の立場や仕事に誇りを持っていて、むやみに階級闘争を描かないところが心地よい。

本当の城で行われたロケ撮影は美しく、貴族の女性達の衣装も華麗で、目に心地よい。女性の視聴者には憧れであろう。

基本、ラブストーリーが中心だが、第一次大戦を経て貴族社会が変化していく様子も描かれていて、歴史ドラマとしても楽しめる。

とにかく脚本が素晴らしく、正直、いろんな意味で羨ましい。

早く続きが観たい。
何て思うのは久しぶりだ。

 

 

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