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2013年7月

2013年7月30日 (火)

「レニ・リーフェンシュタール」のこと

レニ・リーフェンシュタールの本を読んだ。

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彼女の名前を初めて知ったのは「ヌバ」の写真展の広告だと思う。まだ学生の頃だ。
ヌバというのはアフリカの奥地に住む原住民で、古い風習を残していて、その儀式の際に彼らが踊ったりするさまをその写真はとらえていた。
衝撃的だった。
彼らは漆黒の肌に鮮やかな入れ墨を入れている。入れ墨を入れるとき、真っ赤な鮮血が肌に浮き上がる。贅肉とは無縁の彼らの肉体は、鮮やかな入れ墨とともに躍動し、まるでどこか別の惑星の民族のようにも思えた。
そのプリミティブな美しさを、その写真は見事なアングルとタイミング、そして鮮烈なカラーでとらえていた。写真家の名前は知らなかったが、ただ者ではないことが、学生である自分にも分かった。
写真展を見に行って写真家に興味をもった私は、やがてその写真家に対するネガティブな批評が雑誌などに載っていることに気づく。
印象残っているのは「これは美のファシズムだ」というフレーズだ。
ファシズム?
その言葉をきっかけに私はようやく彼女とナチスドイツそしてヒットラーとの関係を知るようになる。
 
レニ・リーフェンシュタールは1902年にドイツのベルリンで生まれた。
美貌に恵まれた彼女はやがてダンサーになり、後に女優になる。スポーツウーマンでもあったので、当時流行っていたという山岳映画の主役を務めるようになる。映画の中で彼女は険しい山に吹き替えなしで登り、馬に乗り、スキーをした。体力もあり、エネルギッシュで、野心に溢れ、次々と男達を虜にした。
やがて自ら映画を監督するようになる。
 
時を同じくして政治の舞台に現れたのがアドルフ・ヒットラーである。
ヒットラーは当時のドイツ国民に熱狂的に迎え入れられ、レニも彼の賛美者の一人だった。
「あれほど完璧な人はいない」と語ったレニの言葉が残っている。
映画は当時最新の大規模メディアで、それをナチスの宣伝に利用しようと考えたヒットラーとレニは利害の点でも一致していた。
たくみにヒットラーに近づいたレニは彼の歓心を買い、親しい間柄となる。彼女はヒットラーの愛人だったと証言する人もいるが、実際にそういう関係があったかどうかは分からない。レニ自身はそれを否定している。
いずれにせよレニはヒットラーのお気に入りになり、ナチスの党大会を記録映画に撮る事を任される。
「意志の勝利」という映画である。
この映画はナチスのプロパガンダ映画として、後に批判され、上映禁止となった国も多く、映画と政治を語るときに、悪い見本として必ず取り上げられる事になる。
しかし、純粋に記録映画としてみると傑作であり、レニの映画監督としての才能は、その撮影手法、構図、編集、すべての細部に見事に結実している。
 
芸術と政治もしくはモラルの問題は古くて新しいテーマだ。
芥川龍之介の「地獄変」は娘が炎に灼かれる様を見て、傑作を物にする画家の話だった。
五木寛之の小説に古いイコンを探しにロシアの奥地まで出かけ、帰りがけに吹雪の中で遭難して、身を守るためにそのイコンを燃やすという話があった。「地獄変」とは好対照の話だった。
タケシさんの「アキレスと亀」は芸術のためにまわりの人間を不幸にしてしまう画家の話で、娘の死体を見て、新しい画を描こうとするエピソードが出てくる。
赤狩りの時に当局に協力して仲間を売ったと言われているエリア・カザンはアカデミー賞特別賞を受取るために登場した時、拍手と同じくらいのブーイングを浴びた。
ウディ・アレンの「ブロードウエイと銃弾」では自分の戯曲を台無しにした下手な女優が許せなくて、それが親分の愛人であるにも関わらず銃で殺してしまうヤクザが出てくる。
その姿を見て気の弱い主人公は、「自分はアーチストじゃない。平凡な人間だ」と悟る。
 
レニがヒトラーの歓心を買い、その映画の中でナチスの偉大さを讃えた事を非難する人は今でも多い。
第二次大戦後、戦犯として裁判にかけられたりもした。
映画を作ることは二度と出来なかった。
しかし70歳を過ぎて前序のヌバの写真によって再び世界的な注目を浴びる。
その後、年齢を誤魔化してスキューバダイビングの資格を取り、深海の写真でも注目を浴びる。
その全てに共通している物は「究極の美」であり、政治的なメッセージなどは何もない。
彼女はおそらく生来そういう人なのであろう。
「美しい」という事が最上の価値観なのだ。
ナチスドイツの行ったことを弁護する気はないし、それを利用した、もしくは利用されたレニ・リーフェンシュタールという女性は、愚かだったとしか言いようがないが、それでも彼女のアーチストとしてのエネルギー、そしてそのエネルギーが結果として生み出した「美」という物が持つ力は否定できない。
 
彼女を主人公とした映画を誰か作ってくれないかなと、一映画ファンとしてはずっと思っていたのだが、この本の最後の方の記述によれば、ジョディ・フォスターが興味を持って打診した事があるらしい。
それに対してレニは、「彼女は私を演じられるほど美しくない。シャロン・ストーンがふさわしい」と答えたそうだ。
いやはや、凄い自信ではないですか……。
 
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2013年7月 8日 (月)

夢やぶれて

 
評判になっていた「レ・ミゼラブル」のアン・ハサウェイをDVDで見た。
彼女はこれでオスカーを取ったのだ。
最近お気に入りの女優さんの一人なので、オスカー受賞は嬉しかったが、正直に言うと「プラダを着た悪魔」で取って欲しかった。
あの手の作品じゃ無理だと言う人が多いけど、オードリー・ヘップバーンは「ローマの休日」でオスカーを取ったのだから、ラブコメディで取っても良いじゃないかと個人的には思う。ついでに言えば、メリル・ストリープも「プラダ」の方が「サッチャー」よりも好みだ。
最近のオスカーは、シリアスな演技で実在する人物を演じると取れる、という方向に拍車がかかっている様で、ちょっと不満だ。
 
「レミゼ」のアン・ハサウェイの見せ場は「夢破れて」を歌うところだ。
これは文句なしに素晴らしい。オスカーも納得のパフォーマンスだ。
世間には、ミュージカルは苦手だという人が結構多く、そう言う人たちの中には、突然歌い出すのについて行けないという意見が多い。
分からなくはない。
実際、ミュージカル演出で難しいのはドラマから唄に転換する瞬間だと思う。
「レ・ミゼラブル」を見た人は知っていると思うが、この作品は全てのセリフを唄っている。「シェルブールの雨傘」と同じスタイルだ。だから、突然歌い出すということとは少し違うが、それでも本格的に歌い出す瞬間は存在していて、アン・ハサウェイのバージョンはここが実に素晴らしい。心情のこもったセリフの延長として唄が始まり、それが次第に盛り上がって行く。その様子がとてもスムーズでしかもリアルだ。
 
アン・ハサウェイが出なくなるとちょっと退屈だ。
ジャベールはちょっと太りすぎだろ。
マリウスは岡田くんの方が格好良かった。
などなど……と不満はあるが、スケールの大きな映像は見応えがあり、リアリズムとミュージカルの難しい接点もうまく演出していて、総じて良く出来た映画だった。
 
「夢破れて」は、日本人歌手もカバーしたりして話題になっているが、確かに良い曲だと思う。アン・ハサウェイはセリフの延長にあるリアルな歌い方で印象に残ったが、個人的にもう一つ印象に残っている歌唱は、数年前に話題になったスーザン・ボイルのバージョンだ。
 
「ブリテン・ガッタ・タレント」というイギリスのオーディション番組で彼女は見いだされるのだが、その第一次選考の時の様子が実に面白い。私はネットに上がっている映像を見たのだが、どなたか親切な人が日本語字幕をつけてくれたので、とても見やすかった。
 
彼女は当時47歳の独身で「男の人にキスもされたことないの」などと事前のインタビューで語っている。決して美人ではなく、中年太りした彼女は、化粧も髪型も田舎くさく、舞台に登場した時から、審査員だけでなく会場の観客達もどこか彼女を小馬鹿にした雰囲気であった。
「将来の目標は?」「プロの歌手になることです」「どんな風になりたい?」「エレイン・ペイジのようになりたい」
そんなやりとりの度に苦笑が広がるのが分かる。
ちなみにエレイン・ペイジはイギリスのミュージカルスターで、「キャッツ」の中で名曲「メモリー」を歌っている。
さてそんな四面楚歌の状況の中、オーディションは始まるのだが、最初の数フレーズが彼女の口から出た途端、会場の雰囲気は一変する。
『素晴らしい歌声である!』
予想もしなかった彼女の声と歌唱の素晴らしさに、会場は総立ち、拍手喝采となる。
歌唱が終った後、審査員の態度は一変していた。
「この3年間で最高の驚きだ。あなたが登場してエレイン・ペイジみたいになりたいと言ったとき、多くの人が笑った。今、あなたを笑う人は一人もいない」
「正直に言って私たちはあなたに対してシニカルで、敵対していた、貴方はそんな私たちの目を覚まさせてくれた」
審査員達のコメントからも、その衝撃の強さが分かる。
彼女は全ての偏見を実力で振り払ったのだ。
 
このオーディション番組にはサイモン・コーウェルという名物審査員がいて、いつも辛口のコメントで出場者に恐れられている。そのサイモンが最後にコメントをしたのだが、その内容が実に洒落ていた。
「僕は分かっていたよ。君がこのステージに登場した時から、何か素晴らしい物が見れるってね……予想通りだった」
会場は当然サイモンにブーイングの嵐。
サイモンは苦笑しながら、「スーザン、あなたはリトル・タイガーだね」と「夢破れて」の歌詞にひっかけた言葉で褒め称えた。
 
彼女はその後、決勝まで勝ち残ったが優勝は出来なかった。しかし、審査員のサイモンの後押しもあってCDデビューをする。それは世界中で大ヒットし、日本の紅白歌合戦にも招待された。
実は私もそのCDを買った。
当然「夢破れて」も入っている。素晴らしい歌声である。しかし、正直、あの一次選考の時の感動はそこにはなかった。
彼女のそれまであまり上手くいっていなかった人生と、あの歌の内容がリンクしたことが感動をより膨らませたのかもしれない。それは映画「レ・ミゼラブル」のアン・ハサウェイの唄が彼女の役ファンテーヌの惨めな境遇とリンクしたことで特別な物に聞こえるのと同じ現象かも知れない。
いずれにせよ生涯に一度のチャンスを掴みプロデビューの夢をかなえたスーザンには、やはり盛大な拍手を送りたい。
そして次に「夢破れて」を見事な歌唱で聞かせてくれるのは誰なのか? 
期待して待ちたいと思っている。
 
 

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