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2013年1月21日 (月)

真実か伝説か  キャパに関する一考察

 

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「キャパ」というカメラ雑誌を買ったら、ロバート・キャパの特集をしていた。

 
ロバート・キャパは恐らく報道カメラマンとしては最も有名な人物だ。「みんなキャパになりたかった」とその特集の表題には書いてある。実際、キャパに憧れて報道カメラマンの道を選んだ人は多い。私も高校から大学の頃、キャパに憧れていた。彼の写真展があれば必ず出かけたし、彼の著作「ちょっとピンボケ」も読んだ。
 
世界中を旅して、報道写真で名をあげ、賭け事やパーティーが大好きで、沢山の友人と女と付き合った。ヘミングウェイ、スタインベック、ピカソ、マチスらと交友し、素晴らしい写真を撮った。ハリウッドにいた時は、バーグマンと恋仲にもなった。最後はカンボジアの国境付近で地雷を踏んで死亡した。
 
その人生はまるで映画のようだ。男だったら、多くが憧れる人生だと思う。誰かが彼の人生を映画にしてくれないかな、とずっと思っている。
 
彼の写真でもっとも有名なのは、スペイン内戦で銃撃され崩れ落ちる義勇軍兵士を撮ったものだ。報道写真史上で最も有名だと思われるこの写真について、実は長い間、ある種の噂がある。これは本当に戦場で撃たれた瞬間を撮ったのか? 実はヤラセではないのか、と言う噂だ。
 
少し前に、この事について文芸春秋紙上にノンフィクション作家の沢木耕太郎さんが、長文のルポを載せていた。私は、それも買って読んだのだが、読んでいるうちに色々と思うところがあって、それについて書いてみたい。
 
沢木氏が以前からこの問題に興味を持っていたのは知っている。以前にも、同じテーマで書いた文章を読んだことがある。ちなみに沢木氏は、あの写真はヤラセだとまでは行かないが、実戦を撮ったのではなく、偶然兵士が転んだところを撮ったと推察している。一方、キャパの長編伝記の作者リチャード・ウィーラン氏は、そういう疑惑があるのを踏まえたうえで、それをあれこれと詮索するのは病的だと断じている。キャパが撮ったあの写真が当時のスペイン内戦を象徴する写真であり、その後の報道写真のあり方を示したシンボルのような存在であるのは事実なのだ、というのがウィーラン氏の考えだ。沢木氏は、そんなウィーラン氏の考えをだだロマンチックなだけだと思っているようだ。
 
 
Kusureotiru_3 ちなみにこのキャパの伝記を翻訳したのは沢木氏である。沢木氏はキャパが嫌いなわけではない。とても興味深い存在だと思っているのだろう。
 
沢木氏は、文春紙上のルポではかなり執拗に、細かい点まで見逃さないで取材を敢行している。それは見事なものである。そして、今まで誰も指摘しなかった視点からキャパの写真を検証している。曰く、そもそもこれはキャパが撮ったものなのか?
 
キャパは通常ライカというカメラを使っている。このカメラはライカ版と呼ばれる35ミリフィルムを使う。沢木氏は、この有名な写真はライカではなく中版カメラ、具体的にはローライのカメラで撮られたのだと指摘している。そしてそのローライを扱っていたのはキャパではなく、キャパの恋人のゲルタではないのか……。
 
沢木氏が、その結論に到達する様はまるで推理小説のように面白い。しかし、ウィーラン氏の言うように病的にも感じる。
 
ちなみにキャパの恋人だったゲルタの事は、キャパを知る人なら皆知っている。ウィーラン氏の伝記でも前半には二人の話が沢山出てくる。
 
キャパの本名はアンドレ・フリーマンという。アンドレとゲルタは、共に写真に興味を持っていた。そして、若く無名な二人は報道写真家として売り出すために、一計を案じる。自分たちはアメリカで有名な写真家ロバート・キャパの代理業をやっている、と偽って自分たちの撮った写真を売って歩いたのだ。つまりロバート・キャパというのは、二人の共同ネームだったのだ。そういう意味で言えば、ゲルタが撮った写真をキャパの写真だと称することは、何の問題もないのだが……。
 
沢木氏の結論としては、キャパはこの有名な写真を自分の写真として公表し、それがきっかけで有名になってせいで、十字架を背負ってしまった。そして、本当に偉大な戦場カメラマンになるべく努力をし、後にこの写真に匹敵するほど有名な『Dデイのオマハビーチ』の写真を撮った、と推理してる。
このストーリーは確かにドラマチックだ。
 
あの写真の真偽についてここで私が細かく検証するつもりはない。私が言いたいのは、果たして伝説の真相を暴くことが、本当に必要なのかという事だ。
 
文春のルポを読みながら、私はだんだん自分が不機嫌になるのを感じた。沢木氏はいったい何を求めてこれを書いているのだろう。彼がゲルタの親族か何かで、彼女の名誉のために真相を暴きたいというのなら、分からなくもない。しかし、なぜ何の関係もない沢木氏が、執拗にあの写真の真偽にこだわるのか。そこには病的なものを感じると同時に、死んだ偉人たちの墓場をひっくり返して商売をする、イエロージャーナリズム的な俗悪が垣間見えるのだ。
 
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ジョン・フォードの映画で『リバティ・バランスを撃った男』という作品がある。
西部開拓時のアメリカのある町にリバティー・バランスというならず者がいて、皆が迷惑している。ジェームス・スチュアートが演じる弁護士はインテリで非暴力の人だ。彼はその町に起きる問題を平和的に解決しようと努力するが、上手くいかず、ついに悪漢リバティ・バランスと銃で戦わなければならなくなる。銃の苦手な彼は、負けを覚悟するが、彼の撃った弾丸は見事にリバティ・バランスを倒す。その結果、彼は町の英雄になる。
 
しかし、この決闘には裏があった。実は、リバティ・バランスを撃ったのは、ジェームス・スチュアートではなく、ジョン・ウエインが演ずるもう一人のガンマンだったのだ。
 
長い年月が過ぎ、ジェームス・スチュアートは有名な議員になっている。そして、ジョン・ウエインは、名もなき男として死んだ。その葬儀の日に、昔の事件の真相をある記者が突き止める。ジェームス・スチュアートは、真相を世の中に公表してくれという。本当の英雄はジョン・ウエインだったのだと……。
しかし記者は最後に真相は公表しないと決断する。
「西部には伝説が必要なんです」
 
 
私はこの結末が好きだし、同じように思っている。
人生には、つまらない真実よりも、美しい伝説が必要なのだと思う。
 
 
 

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