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2012年7月

2012年7月27日 (金)

ライブの告知です。新曲練習中。

さて今更ですが、告知です。

明日7月28(土)東高円寺カットウで久しぶりにライブに出ます。

マンスリーベストという事で、私は「昭和の日」代表です。

詳細は以下の通り。

お時間ありましたら、是非、いらして下さい。

kaztou Monthly BEST LIVE

Hippopotamus Night代表
  orange bird
闇音宴代表
  大山孝岩
不思議の森代表
  揺れる魚
オープンマイクで発掘しちゃった逸材
  石塚あきら
昭和の日代表
  もろさわ和幸

18:00 OPEN 18:20 START 1500円+1D

今日は仕事をしつつ、新曲の練習もしました。

まだサビがしっくり来ない。

このまま唄うべきか、などと迷ったりもしてますが……。

まあせっかくのチャンスなので唄うつもりです。

共演の他の人たちの唄も楽しみです。

それでは、皆さん、東高円寺カットウでお待ちしております。

www.kaztou.com

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2012年7月21日 (土)

時代を変えるのか? 自分を変えるのか?

少し前に書いた脚本の中で、
「人は時代を変える事は出来ない。変えられるのは自分の生き方だけだ」
というセリフを書いたら、ある俳優から
「でも、坂本竜馬の様な人達は時代を変えたし、そういう人をヒーローって言うじゃないのか」
と言われた。

私見を述べさせていただければ、坂本竜馬は時代を変えたのではない。彼もやはり自分の生き方を変えたのだ。

坂本竜馬は土佐の郷士として生まれた。郷士は下級武士で、土佐藩では何かと抑制されていた存在である。
彼は長じて江戸に渡り、千葉周作の道場に入る。剣術に長けていたので、師匠にも見込まれ、その娘と恋仲になる。
竜馬が自分の生き方にあまり疑問を持たない人物であったら、そのまま彼は土佐の郷士として、剣術師範でもしながら一生を全うしたかも知れない。
それも悪くない人生だ。事実、竜馬の周辺の人たちは殆どが、そんな人生を歩んでいる。そして、明治維新を天変地異と同じように、大事件ではあるが、当事者ではなく傍観者として受け入れたであろう。

しかし彼は自分の生き方を変えた。

彼は脱藩し、時代の変動の中心に自分の身を置こうとする。その結果として時代を動かす大きな局面に、当事者として参加することになるのだ。

 

 

さて、今の日本は色々と難しい時代である。
経済成長は停まり、誰もが何を目標に生きていけばいいのか迷っている。それはショウビジネスの世界も同様である。

2003年に俳優の古尾谷雅人さんが自殺した時、
「今、役者は食っていけない。俺はバラエティとかで生き延びたが、あいつは不器用でそれが出来なかった」と言って号泣したのは、当時、ワイドショーでコメンテイターをやっていた地井武夫さんだ。
その地井さんも先日、お亡くなりになった。しかし、彼は晩年まで役者としてもタレントとしてもいい仕事を残した。それは勿論、役者としての実力だと思うが。もっとも大事なのは、新しいことに挑戦する勇気だと思う。

地井さんはバラエティなどに挑戦することによって自分のイメージを変え、同時に新しい自分の可能性を引き出し、そして新しい役を引き寄せた。

俳優に限らず誰もがある程度キャリアを積むと、「自分らしさ」に縛られてしまう。これは実にやっかいな問題だ。なぜなら人は、「自分らしさ」を築く為に努力しているからだ。

勿論、それが上手く行っている間はそれでいい。しかし、それが機能しなくなった時には、新しいことにチャレンジしなくてはいけない。

「自分の知らない自分の可能性というのは、まだ眠っている」

そう考えるのは、決して悪い事ではない。しかし、それを引き出す為に新しいことにチャレンジするのは、とても勇気がいる。そして多くの人はチャレンジせずに、「自分らしさ」の壁の中に閉じこもっている。
 

「チャンスが足りない」と人は言うが、足りないのは「自分を変える勇気」なんだと私は思う。

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2012年7月12日 (木)

大西武志とビアガーデン

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先日、千葉で撮影が終わったところだという俳優の大西武志から電話があって、久しぶりに二人で飲んだ。場所は新宿のビアガーデン。一カ所目が満員で、二カ所目のこれは新宿ルミネの上。
天気もビアガーデン日和で、暑くもなく寒くもなく。料理は韓国風焼き肉というか、とにかく自分たちで焼いて食べるスタイル。結構、美味しかった。

大西くんとは私の監督デビュー作「キープ・オン・ロッキン」以来のつきあいだ。撮影したのが2001年だから、もう10年以上になる。岡田浩暉演じる主人公のロックスターが東京での音楽活動に行き詰まって田舎に帰る。そこで最初に再会する地元の漁師役を演じてくれたのが彼だ。
地元の友人役は殆どオーディションで決めた。大西くんとの出会いもそのオーディションが最初だった。
 

今でも覚えている光景がある。
オーディションでは参加者をいくつかのグループに分けて、主人公が田舎の友達と再会するシーンを演じてもらった。

殆どの参加者が初対面であるが、中には知り合いのマネージャーから前もって売り込まれていた役者もいる。当然、その人の演技は注目して見るようになる。そんな役者の一人に注目していた時、その彼の携帯が鞄の中で鳴り始めた。彼は慌てて携帯のスイッチを切った。いや、切ったつもりだった。引きつった顔で芝居を再開したが、数秒後、再び彼の携帯は鳴り始めた。

「おい、また鳴ってるぞ」とアドリブでセリフを言ったのが大西武志だった。

携帯の持ち主の芝居はグダグダになってしまい、彼はオーディションに落ちた。
教訓。オーディションの時は携帯を確実に切っておくように……。

 

ま、そんな訳で大西くんに漁師の役をやってもらう事になった。

実に自然であり、なおかつ印象的な演技で、この映画を見た業界の知人に「あれって本当の漁師さんを使ったの?」などと言われ、私も嬉しかった。

「いまだにあれが一番良かったって言われるんですよ」と本人も言っていたが、それは嬉しい反面、それじゃマズイだろうという気もする。勿論、本人も分かっている。
「もっといい役で、もっといい芝居が出来る筈だ」と私も思っているし、本人もそう思って頑張っている。


という事で大西武志はいい役者です。

 

皆さん、よろしく。

 

 

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2012年7月 4日 (水)

「東京は素晴らしい」という唄

たとえば唄を作る時、フリーのシンガーソングライターなのだからどんなテーマでどんな歌詞を書いても自由である。
しかし、人は知らず知らずのうちに何かに縛られている事が多い。

東京について書く時、「冷たい大都会」とか「この街は夢の死に場所だ」とか書いてしまう。そして「故郷は美しい」のだ。もし本当にそう思っているのなら、さっさと故郷に帰った方がいい。なぜ東京にいるのか。それは東京に魅力があるからだ。しかし、その魅力を歌にする人は少ない。
日本についてもそうだ。「こんな国に生まれて」とか「この国は腐りきっている」とか歌ってしまう。
 
ビリー・ジョエルは「ニューヨークへの想い」でニュヨークに対する愛を歌い、ジム・クロウチには「ニューヨークは好きじゃない」なんて唄がある。スタンダードナンバーの「リビング・イン・USA」は、「アメリカに住むって何て素敵なの」と歌っている。
 
もっと突っ込んだ話をすると「戦争」や「原発」についてもそうだ。
「反戦歌」はあっても「好戦歌」はない。「反原発」コンサートはあっても、「原発推進コンサート」はない。
当たり前だって? 
 
キューブリックの映画「フル・メタル・ジャケット」のオープニングには「グッバイ・マイ・ダーリン・ハロー・ベトナム」というカントリー風の歌が流れる。これはベトナム戦争当時に発表された歌で、「恋人よ、俺はベトナムに行かなくてはいけない。今、自由を守るために、戦わなければいけいないだ」という様な内容を歌っている。
日本だって「同期の櫻」などのいわゆる戦歌と言われる歌は、好戦的だった。
「同じ花なら散るのは覚悟、見事散りましょ、国のため」ってのがサビだからね。
 
こういった社会問題に感心がないなら、その気持ちをそのまま正直に歌えばいい。
井上陽水の「傘がない」はそういう歌だった。テレビや新聞は難しい政治の話をしている。でも、僕は彼女に会いたいのに傘がないんだ。実に正直な歌詞で、その正直さに感銘を受けた。

東京に30年近く住んでいる。
便利で清潔な街だし、今の所、他の場所に住みたいと思った事がない。本当ならこの東京の素晴らしさを歌にするべきなのだと思う。

まだ、上手い言葉が見つからないのだが。

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