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2012年5月

2012年5月30日 (水)

「もろさわ和幸+サトウシンジ」2マンライブ終わりました

5月29日(火)の「もろさわ和幸+サトウシンジ」2マンライブ、終わりました。

新中野ワニズホールでライブをやるのは久しぶりでした。

平日にも関わらず、思った以上のお客さんが来ていただいて、嬉しかったです。

新曲4曲も歌ってしまい、歌詞カードを見ながらの演奏になってしまいました。

新曲は緊張するね。

ミスが多く、失礼しました。

セットリストは以下の通り。

 

「アンタの時代」

「中央線は今日も停まっている」

「僕が旅に出ない理由」

「さびしきライオン」

「森の音楽隊」

「ホームレス」

「走れ、少女よ」

「ライオンは眠っている」

 

「さびしきライオン」と「森の音楽隊」は、ユリと「森の音楽隊」用に書いた曲です。

ライブ後はお客さんたちとビールを飲んだり、場所を移して居酒屋で軽く打ち上げでした。

ミスは多いけど楽しいライブでした。

しかし、もっと練習せねば! 

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2012年5月27日 (日)

ワニズホールでライブ

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来週の火曜日5月29日、新中野ワニズホールで久しぶりにライブに出ます。

サトウシンジくんと二人ライブです。

詳細は以下の通り。

「もろさわ和幸&サトウシンジ」2マンライブ

日時 5月29日(火)
場所 新中野ワニズホール
オープン19時30分 スタート19時50分
19時50分から サトウシンジ
20時30分から もろさわ和幸

http://wanizhall.com/

新曲も鋭意練習中です。

もし時間があったら見に来て下さい。

両沢和幸

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2012年5月16日 (水)

「フェイスブック」に名前を載せても

「ソーシャル・ネットワーク」という映画を見た。

「フェイスブック」の創始者のザッカーバーグ氏を描いたものだ。

期待以上に面白かった。

去年のアカデミー賞でも話題になっていたから、面白さは保証済みだったのだが、デビット・フィンチャーの演出があまり趣味ではないので敬遠していたのだ。

主演の役者がいい。

冒頭のシーンで女の子にこっぴどく振られる。振られてもしかたない感じをうまく演じている。

「あんたは自分がモテないのは、自分がオタクだからだと思っているでしょ? 違うわよ。あんたが人間として最低だからよ」

てな感じの捨て台詞を吐かれた主人公は、彼女に復讐する意味もあって、新しいサイトを作る。女の子を品定めするサイトだ。それが評判になり。ハーバードのクラスメートから依頼され、フェイスブックの元になるプログラムを書き始める。

フェイスブックは今や世界中で使われている。

私も一応登録をしてある。あまり使ってはいないが。

女の子にふられたのが、すべての始まりだというのが、面白かった。

それからの色々はサクセスストーリーの定番だ。仲間が集まり、次第に組織が大きくなる。離脱する者が出て、新しい仲間が現れ、大成功があり、仲間割れがある。

最後のシーン、最初に振られた彼女がフェイスブックの友達申請の画面に映っている。それをじっと見ている主人公が印象的だった。

それにしても、今現在生きている人を、これだけ克明に実名を使って映画として描くことができるのが不思議だ。アメリカ映画では、たまにこの手の作品を見かけるが、日本ではなかなか難しいいと思う。

日本だったら誰だろう。

たとえばホリエモン事件なんかはどうだろう。

フジテレビとの株の攻防戦などは、うまくやれば映画になるかもしれない。

ま、客が来るかどうか分からないが。

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2012年5月 7日 (月)

ジョンとポールの物語

野田総理が「日本がポール・マッカートニーでアメリカがジョンレノンだ」と例えた演説は、誰か考案者がいるんだろうか? 正直あまり良い例え話とは思えなかった。
少し前にアル・パチーノとロバート・デニーロが共演した刑事ものでも、「あいつらはレノン・マッカートニーみたいだ」というセリフがあった。

これも正直ピンとこないセリフだったが、ビートルズのヒット曲の大半を書き、リードボーカルを分け合ったジョン・レノンとポール・マッカートニーを、名コンビを例える時に引用したくなるのは判らないでもない。

 

ビートルズ関連の本を読んでいると、二人には単に世界一成功したバンドの主要メンバーという事以外に、特別な絆を感じる。

ジョンは18歳の時に自分の母親を交通事故で亡くした。ポールもその数年前に乳ガンで母親を失っている。二人が出会ったのは、そんな頃であった。二人は音楽以外にも、大事な人の喪失という共通項を持っていた。
ジョンの死後にポールが書いた「ヒヤ・トゥデイ」という曲には、「二人で泣き通した夜もあった」という歌詞が出てくる。
多感な時期に母を失った喪失感を、互いの存在で埋めていたのかもしれない。

「イエスタデイ」という曲に、「彼女は去って行った。僕が何か悪いことを言ったから」という件があって、最初にその歌詞を読んだ時、恋人との別れを歌うにはちょっと子供っぽい歌詞だと思っていたが、その後これはポールが死んだ母親を思いながら作った曲だと知った。
そう思ってこの歌詞を読むと、意味がまるで違って聞こえる。

さて、そんな固い絆で結ばれていたジョンとポールだが、ビートルズ解散時には泥沼の訴訟合戦と罵り合いをする事になる。
それは互いの音楽にも影響を与え、ポールは「トゥー・メニー・ピープル」や「スリー・レッグス」などの曲で遠回しにジョンを批判する歌詞を書いている。当然、ジョンも反撃するが、ジョンのやり方はダイレクトだ。「ハウ・ドゥ・ユー・スリープ」の中で「お前の書いたのはイエスタデイだけで後は駄作」だなんて事を堂々と歌っている。

これを聞いたビートルズのファンが、「ポールは親友じゃないんですか? なぜ親友と喧嘩するような曲を作るんですか?」とジョンに直接質問している映像をネットで見たことがある。
ジョンの答えはこうだ。

「親友以外の誰と喧嘩をしたらいいのか、俺には判らないね」

ビートルズ解散後、解散時の経緯もあってロック界ではポールを批判する人が多かった。しかしジョンは「ポールの悪口を言っていいのは俺だけだ」と言って、他の人間がポールを批判するのを許さなかった。

ジョンはご存じの様に40歳の若さで頭のいかれたファンに撃ち殺される。
その直前のインタビューでこんな事を言っていた。

「俺は人生で二度大きな選択をした。一度目はポール・マッカートニーで二度目はオノ・ヨーコだ。一緒に仕事をしたいと思ったのはこの二人しかいない。二人とも良い選択だったと思う」

ジョンの死後数年してポールは自伝を出す。その中でポールはこんな事を書いている。
「皆が色々な事を言うけど、結局、ジョンと僕の事は二人にしか理解出来ない。二人で部屋にこもって沢山の曲を書いた。ジョンがメロディを書き、僕がカウンターメロディを書いたりした。ジョンが笑ったり、悩んだり、おどけたり、落ち込んだりしているのを、僕はすぐ近くで見ていた。他に誰もいなかった。僕とジョン以外は……」

「二人は親友というよりも兄弟という感じだった」と周りの人は言っている。

ジョンとポールの物語はとても興味深く、関連書籍があるとつい読んでしまう。偉大なる友情の物語であり、稀にみるサクセスストーリーである。

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2012年5月 4日 (金)

「昭和の日」ライブ終わりました

久々のライブ出演は、何だか妙な緊張を感じたけど、無事に終わりました。

ご来場下さった皆さん、私の唄を聞いて下さった皆さん、ありがとうございました。

「昭和の日」という事で、それを多少意識したセットリストにしました。

 

「走れ、少女よ」

「アンタの時代」

「中央線は今日も停まっている」

「ホームレス」

「ヒノマル」

「唄っておくれよミュージシャン」

 

終演後は、「杉並演劇祭」にも参加してくれた俳優陣と当日の「カットウ」の音響担当を突然することになったというサトウくんとで、近くの居酒屋で一杯。

久しぶりのアルコールで気持ちよく酔いました。

しかし翌日の午前中に身体が重くて仕事にならず。

やはり最近は酒が抜けるのが遅くなっているなあ。

でも、楽しい一夜でした。

 

本当は新曲を披露したかったんだけど、練習不足で断念。

次の機会には是非、と思っています。

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