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2011年11月12日 (土)

ロマンポルノの頃 Ⅱ

 

当時、僕は中古屋で20万で買ったファミリアを持っていた。

家賃月17500円の風呂なしトイレ共同に住む身としては、何とも贅沢なのだが、一年中ほとんど休むことなく仕事をしていた結果、小銭が溜まってしまい思い切って手に入れたのだ。

その車に乗って、深夜の高速を僕らは横田基地に向かって走っていた。

「彼女はきっと横田基地の中に監禁されているに違いない」

プロデューサーがそんな事を言い出したので、皆で横田基地に乗り込む事になったのだ。

乗っているのは、プロデューサーと僕と通訳代りに連れて来たサード助監督。彼は東大を出て撮影所に入社したばかりで、現場ではほとんど役立たず扱いだったが、英語が出来るという点を買われ、横田基地行きのメンバーに選ばれたのだ。

車内は重苦しい雰囲気だった。当り前である。主演女優が失踪し、撮影はストップしたままだ。もともと宣伝部にいて、この映画が初プロデュースのプロデューサーにしてみれば、死活問題だった。

そんな雰囲気を変えようとカーステレオのスイッチを入れた。

流れ出したのはイーグルスの「テイク・イット・イージー」だった。

 

横田基地には各ゲートの検問所があって、そこには日本人のスタッフがいる。

米兵と一緒か内線をして確認が取れれば、日本人も中に入れる。僕らが日本人スタッフとなんだかんだと話している間にも、次々に日本人の若い女の子が入って行く。

そういう子たちは当時、基地族とかぶらさがり族とか言われて社会現象の様になっていたが、本当に目にしたのは初めてだった。

日本人スタッフと話していても事態は解決しないので、サード助監督に内線電話をかけさせた。交渉の末、一人だけ中に入れることになった。

中に入ったプロデューサーはしかし彼女を発見することは出来なかった。諦めかけて帰ろうとしていた時、当の彼女から偶然にもその部屋に電話がかかってきた。

「何でプロデューサーが、その部屋にいるの?」

驚いた彼女は「もう女優は辞めるので、探さないでください」と伝言を残して、電話を切った。

「カノジョハ、ケイコ(仮名)ノヘヤニイルヨ。デモ、ケイコノイエ、シラナイ」

その米兵がフィリピンに発ってしまった後、手掛かりは「ケイコ」という彼女の友達らしい人物の名前だけだった。

プロデューサーはしかし諦めなかった。

大家に上手く話をして阿佐ヶ谷の彼女のアパートを開けてもらい、家探しをした結果、アドレス帳に「ケイコ」の名前を発見したのだ。

そして翌日、彼女のマネージャーと二人で「ケイコ」の部屋の前で張り込んでいると、ついに彼女の姿を見つけた。

既に2日が過ぎていた。

まるで刑事ドラマの様な捜索劇の後、失踪した主演女優は見つかったのだが、それですんなり撮影が再開したわけではない。

本当のドラマは、この後に待っていた。

つづく。

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