« 2011年9月 | トップページ | 2011年11月 »

2011年10月

2011年10月27日 (木)

「おおいた夢色音楽祭」奮戦記Ⅲ

南こうせつさんのライブが始まるのは夕方だったので、

それまでどうやって時間をつぶそうかと思い、大分の街を散歩することにした。

音楽祭は前日で終わってしまったので、もう街角から唄が聞こえてくる事はない。

唄声の消えた商店街は、何だか少しさびしい。

商店街自体は大きな屋根がかかっていて、

雨の日でも安心して買い物が出来るようになっている。

しかし、よく見ると多くの商店が店を閉じてしまい、シャッターが下りている。

そのシャッターの前で、昨日まではライブが行われていた。

地元のミュージシャンが言っていたが、

不景気になったお陰で、この音楽祭が成立している部分もある様だ。

R0011801_800x600

南こうせつさんのライブが行われるのは、大分文化会館という場所だ。

まだ時間が余っていたので、場所を確認しようと思って、足を向けた。

すると、途中の歩道橋の階段から手を振っている人がいる。

音楽祭実行委員長の首藤早苗さんだ。

首藤さんは、第一回から実行委員をやっていて、

実行委員長になったのは今年からだそうだが、

いかにも仕事が出来そうな、それでいて親しみやすく快活な美人で、

「グランプリ、おめでとうございます。今日のオープニング・アクト、頑張ってください」

と笑顔で励ましてくれた。

R0011814_800x600

文化会館は、城跡に立っている。

2000人は入る大きな会場で、地元出身の南こうせつさんのライブは、

毎年立ち見も出るほど盛況だそうだ。

その前で唄うのだ。

緊張して上手く演奏できないんじゃないか、そんな不安が頭をかすめた。

 

開演の一時間ほど前にサウンドチェックの為の演奏を終えると、

いよいよ本番である。

私の前に、準グランプリの二人(toimoさんとcocoさん)が演奏する。

二人とも、その若さの割にはとても落ち着いた堂々とした演奏で、

ステージのそでから彼女たちの演奏を見ていた私は、感心してしまった。

そして私の出番が来た。

ステージの中央に立つとスポットライトが当たる。

「スポットが眩しくて客席は見えないよ」と実行委員の人に言われていたが、

思ったよりも客席は良く見えた。

オープニングアクトの最中はまだ客入れが行われていたので、

客電がついていたのだ。

二階席までびっしりと埋まっている。

出だしは思っていたよりも落ち着いていたが、

演奏しているうちに何故か次第に緊張して来て、

汗でピックが滑りそうになった。

それでもとにかく大きなミスは犯さずに演奏を終えた。

拍手をいただき、MCの人と短いトークが終わると、ステージの袖に戻った。

そこには出番を待っている南こうせつさんとマネージャーがいた。

「いやあ、とても良かったよ」

「こういう唄を歌っていく事も、必要だよねえ」

そんな、お褒めの言葉を頂きました。

R0011811_800x600

緊張のオープンニング・アクトの後、

「南こうせつと仲間たち」と題されたコンサートを二階席で堪能した。

アンコールで歌ってくれた「マキシーのために」が、とても印象に残っている。

ゲストの森山良子さんの美しい歌声も、素晴らしかった。

 

様々な出来事と出会いを思い出しながら、

次の日の午前中、私は大分空港へ向かった。

チェックインを済ませて搭乗口へ行くと、何だか髭面の外国人が手を振っている。

良く見るとオースティンから来た例の二人組、ジェフとジーナだ。

「君、音楽祭に行ってきたんだろ?」と言って、ジェフがギターを弾く真似をする。

どうして私の事が分かったのか不思議だったが、ふと自分のバッグを見て納得した。

前の日に買った音楽祭の記念グッズがぶら下がっていたのだ。

「あなた達のパフォーマンスを見たよ。とても素敵だった。

ところで僕は、コンテストでグランプリを取ったんだよ」

そう英語で伝えると、

「コングラチュレーション!」と喜んでくれた。

フライト時間までの数分間、私たちは少しだけ話をした。

「大分とオースティンは姉妹都市だからね。次は僕らが君をオースティンに招待するよ」

ジェフは、そう言って力強い握手をしてくれた。

アメリカ人は陽気でいいよねえ。

R0011829_800x800


こうして私の「おおいた夢色音楽祭」は終わった。

グランプリという望外のご褒美のほかにも、

沢山の出会いがあり、様々な出来事があった。

それは、小さな冒険旅行みたいだった。

今は、その思い出を噛みしめつつ、新しい冒険に夢を馳せている。

 

 

おわり。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月24日 (月)

「おおいた夢色音楽祭」奮戦記Ⅱ

R0011781_800x600


駅から車で10分ほど走った住宅街にそのライブハウスはあった。

ライブハウスと言っても、普通の住宅の一階を改造した感じ。

そこには常連のお客さんや近所の人たちが集まっていて、実にアットホームな雰囲気。

私と同じコンテストの出場者や地元の若いシンガーソングライター、

そして何とコンテストの審査員の片岡大志さんまでいた。

空腹だった私は目の前にある鍋から、遠慮なくおでんを頂き、ビールを一杯。

旅の疲れと、コンテストが終わった解放感もあり、あっと言う間に酔いが回った。

皆さんは、順番にステージに立って、唄っている。

「両沢さんもどうぞ」と言われ、私も3曲ほど披露しました。

「他の曲でもグランプリ取れたね」などと褒められて、

ますますいい気分だったけど、気がつくと12時を回ってしまい、

駅に向かう車があるというので便乗させてもらい、ホテルに戻った。

長い一日が終わった。

 

 

翌日、ホテルで朝食を取ると若草公園に向かった。

コンテストの会場となっていた場所だ。

その日は、私は特にやる事もなかったのだが、

「だったら、事務局に頼んでどこかで唄わせてもらえば」

と審査員だった片岡さんに言われていたのだ。

この音楽祭は、その期間中、街のあちこちでストリートライブが行われている。

街角を曲がるたびにその歌声が聞こえてきて、実に気持ちがいい。

私も、せっかくだから、その仲間に入りたい。

そう思って、ギターを下げてうろうろしていると、事務局の人がやって来て、

こんな事を言った。 

「実はメインステージでドタキャンしたグループが出てしまって、

もろさわさん代わりに唄いませんか?」

 

 

そんな訳で、私は急遽、メインステージで30分ほどのライブを行う事になった。

「アンタの時代」「中央線は今日も停まっている」「ホームレス」「走れ、少女よ」

MCも交えつつ4曲、唄わせてもらった。

「中央線……」を唄い終わった後には、「アンコール!」の声も頂き、

実に充実したライブだった。

 

その後、前日にいろいろとお世話になった審査委員の片岡さんが、

大分駅前で唄っているというので見に行くと、

「今日の夜、地元のラジオに出るんだけど、一緒に行って唄わない?」

と持ちかけられた。

「もちろん、私でよければ」と答えて、ラジオ出演が決まった。

R0011791_800x600

その後、街のあちこちで開かれているストリートライブを見て歩いたり、

前日のライブハウスで知り合ったミュージシャンたちと一緒にビールを飲んだりして、

音楽祭を楽しんだ。

夜になるとアメリカのテキサス州オースティンから来たという

外国人二人組がライブを始めた。

オースティンと大分は姉妹都市になっているのだそうだ。

全てのライブが終わると関係者は全員舞台の上に上がり、

フィナーレ。

私も参加して、皆と一緒に「上を向いて歩こう」を歌った。

 

その後、片岡さんに連れられて地元のラジオ局へ。

「おおいた夢色音楽祭」シンガーソングライターコンテストで

グランプリを取った「もろさわ和幸」さんですと紹介され、

ラジオで生演奏。

それが終わると、音楽祭実行委員会の打ち上げパーティーに招かれ、

それにも参加して来ました。

R0011796_800x600


 

充実した一日。

そして、いよいよ明日は南こうせつさんの前でオープニング・アクトです。

 

つづく。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月18日 (火)

「おおいた夢色音楽祭」奮戦記

 

イントロのベース音が問題だった。

これが上手くいけば最後まで上手く演奏できる。何時もそうだった。

「おおいた夢色音楽祭」シンガーソングライター・コンテストの会場で、

そんな事を思いながら「走れ 少女よ」の演奏を始めた。

R0011764_800x600

今年の夏にネットで偶然見つけたこのコンテスト。

3月に作った自主製作盤のCDを送ったのも忘れそうになった頃、事務局から電話があった。

「もろさわさんの楽曲はコンテストの規定の6分をオーバーしてるので、短くできますか?」

それで予選を通過できるのなら、勿論、短くしますと答えてから、

間奏を削ったり構成を変えたりして、何とか6分バージョンを作った。

それから毎日ストップウォッチを片手に、練習をした。

そして迎えた本番当日。

何とか間違えずに最後まで演奏できますように……。

そう願いながら、最初のコードを弾いた。

思ったよりも快調な出だしだった。

ギターのミスよりも心配だったのは歌詞を間違えたり、飛ばしたりしないか、という事だった。

コンテストには私よりも楽器も唄も上手い人が沢山いるだろう。

そんな事は、この曲を作った時から分かっている。

この曲にとって重要なのは、歌詞を伝える事だ。

だから、歌詞を間違えるのは何としても避けたかった。

 

6分後、私は何とか無事に演奏を終えた。

13人の本選出場者の中で、私の演奏順は最初だった。

その後、残りの参加者12人の演奏を聴きながら、

会場となっている「若草公園」をぶらぶらしたり、他の参加者と雑談したりした。

そして数時間後、私は「グランプリ」の盾を手に、再びステージの上にいた。

何だか不思議な気分だった。

東京からの参加は私一人で、もっとも遠くから来た参加者だった。

年齢的にも最年長といってもいい。

嬉しかったが、妙に冷静でもあった。

R0011774_800x600

母の15歳の時の記憶をもとに、東京大空襲の唄を作ろうと思ったのは、

去年の1月頃だったと思う。

その年の3月9日に母も招いたライブで、初披露した。

このパーソナルな曲が、他の人にも通じる普遍性を持つのか、

私には分からなかった。

しかし、その後、この曲を気に入ってくれたライブハウスのオーナーと、

ミュージシャンの友人のお陰で、これは自主製作盤のCDとなった。

そして今、東京から遠く離れた九州は大分のコンテストで賞を取った。

これは素直に喜んで良いことだろう。

 

 

授賞式の後にもう一度「走れ 少女よ」を唄うと、コンテストは終幕となった。

ホテルに戻り一休みをしていると、急激に空腹を感じだ。

私は夜の街に繰り出した。しかし、もはやどの店もシャッターが下りている。

さて、どうしたものかと思っていると、偶然通りかかった実行委員の方に声をかけられた。

事情を話すと、「だったら、私の店に来れば? ライブハウスやっているんだよ」と言う。

私はお言葉に甘える事にした。

 

 

つづく。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月12日 (水)

グランプリとりました!


R0011829_800x800


おおいた夢色音楽祭シンガーソングライターコンテスト、

グランプリとりました!

と、大文字で書いてしまいましたが、正直、嬉しかったです。

グランプリ受賞のほかにも、いろいろな出会いやエピソードがありますが、

それは、後ほど記憶を整理しつつ書いてみたいと思います。

とりあえずはご報告まで。

 

応援して下さった皆さん、有難うございました。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年10月 4日 (火)

「両沢アワー第6弾」&「シンガーソングライター・コンテスト」

R0011754_800x600

ふたり芝居『両沢和幸アワー』第6弾、無事に終わりました。

映画の撮影をはさんで約8ヶ月ぶりの舞台でしたが、

全5回ほぼ満席という中、

俳優たちも素晴らしいパフォーマンスを見せてくれました。

観客動員数も、新記録が出たそうです。

見に来てくださったお客さんに、改めてお礼を申し上げます。

 

 

001_582x800

さて、そんな舞台の余韻にひたっている間もなく、

私はシンガーソングライター「もろさわ和幸」として、

九州は大分に行って来ます。

今年の夏に応募があった「シンガーソングライター・コンテスト」に、

拙作「走れ、少女よ」を応募したところ、

何と予選を通過して、

10月8日に行われる本選に出場することになったのです。

大分は初めての地です。

結果はともかく、精一杯頑張って、楽しんで来たいと思います。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

« 2011年9月 | トップページ | 2011年11月 »