« 猫の身代金 | トップページ | レッドパージ・ハリウッド »

2011年9月11日 (日)

ペキンパーvsキューブリック

 

サム・ペキンパーは好きな監督の一人だ。

『ワイルド・バンチ』や『ガルシアの首』などのバイオレンス映画を作った人だが、最近では語る人も少なくなってしまった気がする。

 

彼とキューブリックは、少しばかり因縁めいた関係がある。

 

俳優のマーロンブランドがビリー・ザ・キッドを題材にした映画を作ろうとしていたとき、脚本家として雇ったのがサム・ペキンパーだった。ペキンパーはテレビの西部劇シリーズを手がけていて、ブランドに目をつけられたのだ。

ブランドは監督として、『突撃』を発表した後のキューブリックに声をかけた。

ペキンパーは、それを聞いて喜んだ。『突撃』はペキンパーにとってもお気に入りの映画で、キューブリックだったらこの映画は素晴らしい物にしてくれると確信したからだ。

しかし、キューブリックの思惑は違った。

彼は自分のお気に入りの脚本家を引き連れてブランドの前に現れた。結果、ペキンパーはクビになってしまう。

その後、キューブリックとブランドも結局は決別し、ブランドは自ら監督する事になる。

出来上がったのは『片目のジャック』という映画だ。

 

その少し前、キューブリックは『現金に身体を張れ』という映画を撮っていた。キューブリックの出世作であり、実質的なデビュー作といってもいい。それ以前の映画はほとんど自主製作のようなものだった。

キューブリックはもともとカメラマンだったので、最初の数本は自分でカメラを回している。

しかし『現金……』の時には、ユニオンの問題もあり、プロのカメラマンを雇わなくてはならなかった。その時、雇ったのがルシアン・バラードだ。キューブリックとルシアン・バラードは現場で大分揉めたようだ。キューブリックがワイドレンズを前提にセッティングしたシーンを、キューブリックのいない間に標準レンズのセッティングに変更してしまい、それに気づいたキューブリックは「すぐにセッティングを元に戻さないと、君はクビだ」と言った。

ルシアン・バラードは後にペキンパーの『ワイルドバンチ』や『ゲッタウェイ』などを撮影している。その時、二人がキューブリックの悪口で盛り上がったかどうかは判らない。

 

それから何年も過ぎた後、ペキンパーとキューブリックはそれぞれ一流の監督となっていた。そして70年代の前半、ペキンパーは『わらの犬』を発表し、キューブリックは『時計じかけのオレンジ』を発表した。

この二つは当時流行りのバイオレンス映画として、批評家たちに対になって取り上げられる事が多かった。

良識的と言われる評論家たちは、この二つの映画を徹底的に批判した。「この二つの映画は暴力を肯定的に扱っている」とのこと。

キューブリックは珍しく、メディアに反論を載せている。

曰く、「わらの犬」と私の映画はまるで違う。この二つを同時に取り上げている批評家は、実は映画など見ていないに違いない。

キューブリックは正しい。この二つの映画のテーマはまるで違う。

『時計じかけ……』は実は自由意志に関する映画である。『わらの犬』まさしくバイオレンスに関する映画である。

ペキンパーは、『暴力は一つの自己主張だ』と明言している。

 

『暴力』は実は芸術における重要なテーマの一つだ。

そしてクリエイターの中には実践派と理論派がいる。つまり実際に自分が暴力を振るった事がある人と、実生活では暴力とは無縁の生活を送っている人である。

勝手な推測だが、ペキンパーは実践派でキューブリックは理論派の様な気がする。

 

そして作家が実践派か理論派かという事は、意外にその人の作る作品や生き方に大きな影響を与えているのである。

 

 

 

 

 

|

« 猫の身代金 | トップページ | レッドパージ・ハリウッド »

映画」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/543593/52700530

この記事へのトラックバック一覧です: ペキンパーvsキューブリック:

« 猫の身代金 | トップページ | レッドパージ・ハリウッド »