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2011年8月11日 (木)

モントリオール国際映画祭 part3

 

 

 ディアフレンズ・イン・カナダ

 

さて、翌日はいよいよ舞台挨拶の日だ。スピーチの内容は大体決めていた。カルロビバリの時はメモを手に読み上げたが、今回は何も見ずスピーチするつもりだ。朝、シャワーを浴びながら声を出して練習する。上映は11時25分からだったので、11時前にルイと待ち合わせる、色々とあって出るのが少し遅れ、早足で「クオーター・ラテン」まで歩いて行く。しかしここでちょっとしたトラブルが起きた。映画館にたどりつくと既に「ディアフレンズ」が始まっていたのだ。

「どうします、映写を止めますか?」「あ、いや、でも……」戸惑っているうちに、映写が止まる。観客はざわめいている。映画館の係の人間が事情を説明する。そして、私は紹介されてスクリーンの前に立った。

「私は両沢和幸といいます。『ディアフレンズ』の監督です。日本から来ました。20時間以上のフライトで、未だにジェットラグに苦しんでいます。でもここに来られて嬉しいです。あなたたち、私にとって外国の人たちが、私の映画をどう思うのか知りたいので、上映後、もし良かったら感想を聞かせて下さい。それでは、私の映画を楽しんで下さい」

                           

 直訳すると以上の様な内容のスピーチをして、片隅の席に身をひそめた。観客の反応を知りたいからだ。しかし中々上映が始まらない。途中で映写を止めたので、フィルムを巻き戻すのに時間がかかっているのだ。

「う~ん、参ったなあ……これだったらもっと長く喋れば良かった」じりじりとしながら始まるのを待つ。約2分後、上映が始まった。英語字幕の入った「ディアフレンズ」のプリントを映画館で見るのは初めてだった。

 115分後。上映が終わり、場内が明るくなる。拍手が起きる。私は思わず立ち上がり、客席に向かって「有り難うございました!」と日本語で挨拶してしまった。

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「ディアフレンズ」は期間中合計4回上映された。私はそのうち3回の上映で挨拶をした。2度目と3度目は、最初よりも落ち着いてスピーチ出来たし、少し笑いも取った。そして毎回モントリオールの観客とともに映画を見て、上映後に素早く廊下に出ると、後から出てくる観客に向かって頭を下げ、礼を言った。沢山の観客が私に向かって感想を述べてくれた。親指を上げて「グッドフィルム」とだけ言う人もいたが、目を赤くしながら熱心に語ってくれる人もいた。

「とても良かった。感動して泣いちゃったわ」「この映画のメッセージは実に正しいし、若い人にこそ見せるべきだ」「私は英語が苦手で上手く表現できないけど、とても良かったわ。あなたは、次にはもっとビッグフィルムを撮るべきね」「凄く良かったけど、リナのストロングキャラクターは最後まで変わらない方が良かったな。最後にいい子になっちゃってるのがちょっと残念」「私には、ちょっとヘビー過ぎる。胸が痛くなっちゃった……」

 特に印象に残っているのは、4回目の上映後に会った中年の女性だ。目を真っ赤に泣きはらして僕の手を握った彼女は、「私にもコーマに陥ってそのままの友人がいるの、この映画を見てそのことを思い出しちゃって……」「アイム・ソーリー・トゥー・ヒヤ・ザット」その後もいろいろと言ってくれたけど、早口で涙声なので何だかよく判らなかった。でもその旦那さんらしき人が、次に私の手をすごく強い力で握って、「ベリータッチン・フィルム。ユア・グッド・ディレクター」と言ったのを聞いて、こっちの胸も熱くなった。その後もロビーでその二人が泣きながら抱き合っているのを目撃し、さらにトイレに行って出てきたら再び出会って握手されて、でも、まだ真っ赤な目をしていて、何だか私が泣かせたみたいで、申し訳ない様な複雑な気持ちになってしまった。

 とにかく上映は大成功だった。時間帯はそれほど良くなかったので満席という訳には行かなかったし、正直、廊下で観客が出てくるのを待っているのは、ちょっとばかり勇気が必要だったが、(他にそんな事をやっている人もいなかったし)、モントリオールの人たちの生の感想を聞けたのは本当に貴重な体験で、ここまで来た甲斐があったというものだ。

「ディアフレンズ」という映画を作った事に対する、自分なりの一つの決着がついた、そんな感じがした事も確かだ。

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 ジャパニーズ・ビジネスマン&フレンチ・フォトグラファー

 

4回の上映のうちで舞台挨拶をしなかった日、私は日本人二人と昼食を食べていた。行きのトランジットの時にJFKで5時間も待たされた私は、誰かにフライト時間を確認しようと思い、辺りを見回した。すると若い日本人らしき女性が一人で立っている。何となく旅慣れた感じ。で、声をかけフライトを確認すると、私と同じ便だった。しかも、モントリオールにちょうど同じ期間滞在する予定。それじゃ時間があったらランチでもと思い、彼女の連絡先を聞いておいたのだ。

 初日の舞台挨拶が終わり、ホッと一息をついた私は彼女と連絡を取ってみた。私が映画祭に参加している事は言ってあったので、彼女は映画好きな同僚の男性を連れて来るとの事だった。

 さて、どこでランチを食べるべきか……。こっちから誘った手前、こっちがセッティングするべきだと思い、ガイドブックを開いた。しかし彼女が滞在しているホテルの近くには、良い店が見当たらない。クロードと食べたギリシャ料理店は、かなり遠い。さて困ったな。とにかくホテルの近くまで行ってみようと思い。約束の時間より早く相手のホテルの近くへ行き、観光も兼ねて散策した。私が泊まっていたハイアットの周りは観光地、歓楽街という感じだったが、彼女が泊まっているホテルの近くはビジネス街という感じでファストフード店が多い。レストランもあるが、何処に入ったらいいか手がかりがない。さてどうしたものかと、ノートルダム大聖堂の前のダルム広場でボーッと座っていると、路を挟んだビルの屋上にテラスが見えた。私はさっそくそのビルの一階にあるフレンチレストランに行き、屋上でランチを食べる事は出来るのかと聞いた。「ウィ、ムシュー」と笑顔の答え。「よし、天気もいいし、今日のランチはここだ!」とリザーブをして待ち合わせの場所へ向かった。

 彼女たちは医療関係の会社に勤めていて、当地で開かれるレセプションパーティーの為に、ここモントリオールに来ていたのだ。世界を股にかけるビジネスマンって感じ。私は、映画界とはまるで違った世界に生きる二人との会話を楽しんだ。これも海外一人旅の楽しさか。

 ランチの後、一旦、映画祭の事務局に戻った。まだその日の「ディアフレンズ」の上映には間に合ったが、ビアを二杯飲んで顔が赤かったし、その日の舞台挨拶はやめて他の人の映画を見る事にした。日本には輸入されないであろう見知らぬ映画を見る事も、国際映画祭の楽しみの一つだ。例のごとくフリーのエスプレッソを飲みながらプログラムを捲っていると、隣の席の外国人が何だか私を見ている。目を向けると、「アユ・コリアン?」と聞いて来た。「アイム・ジャパニーズ」と答えると、彼は私のテーブルに移って来た。彼の名前はミシェル。色々な映画祭を取材しているフォトグラファーで、もらった名刺には自分で撮ったセレブ達の写真が印刷してある。私がもらった物にはコン・リーが写っていた。

 話はそれるが、映画祭の最中に声をかけられる時、「コリアン?」か「チャイニーズ?」と聞かれる事が多かった。彼らの方がカナダにいる人数が多いという事だろう。モントリオールにも中華街があったし、空港の表示には韓国語と中国語の訳はあったが、日本語はなかった。ちょっと寂しい。

 ミシェルは、私がディレクターで「ディアフレンズ」という映画を監督したと説明すると、さっそくプログラムを捲ってチェックした。まだその日の上映に間に会うと判ると、「じゃあ俺見て来るよ」と走って行ってしまった。素早い!

クロードの時みたいに再会の約束はしなかったので、感想を聞く事は出来ないだろうと、その時は思った。

  

 

 

ホテルの目の前にあるモントリオール現代美術館が、映画祭のメイン会場になっていて、その前にいわゆるレッドカーペットが敷かれている。今回、そこに登場するスターたちを観る機会はかったが、一度くらいはコンペの上映に立ち会おうと思い、ちょうど時間が間に合いそうなトルコ映画を見に行く事にした。メイン会場はさすがに広く、内装も豪華である。観客もほぼ満席で、トルコ人監督のスピーチがフレンチに訳された後、場内は暗くなり映画が始まった。内容はトルコの政治的な問題を扱っていて、暗く、重い。ある女性が捕まって拷問されるシーンで、目の前に座っていた老夫婦が二人、立ち上がって出て行った。

ここモントリオールの観客は高齢の人が多い事もあり、あまり刺激的なシーンになると退場する人がいる。私のディアフレンズでも、最初のクラブのシーンで立ち上がった人がいたし、最後のラブホテルでリナが号泣するシーンで出て行った人もいた。

映画はやはり途中で寝てしまった。まだジェットラグに苦しんでいる。会場を出るともう夜も遅い。その日はホテルの地下でメキシコ料理を一人で食べる。メキシコ人の言葉はさっぱり判らなかったが、料理は美味かった。

部屋に戻ると内線電話が点滅している。ボタンを押すと受話器からフランス語。「ドゥ・マサージュ」とか何とか言ってる。要するにメッセージが二件ありますって事か? どうやら映画祭のプレスルームからのメッセージで、明日会いたいとの事。なんだろう?

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 インタビュー、そしてダブルブッキング

 

 

 

「日加新聞の記者が、あなたに取材をしたいと言っています。コングラチュレーション」と言って、私の内線に伝言を残したプレスルームの女性(ジュリー)は私の手を握った。

前日、私が舞台挨拶をしなかった上映の時、一人の日本人女性が「ディアフレンズ」を見ていたのだ。日加新聞の記者で藤本さんという女性だ。

私は、藤本さんと連絡を取り、ホテルのロビーで取材を受けた。会話はもちろん日本語。彼女はモントリオールに長く住んでいて、カナダ在住の日本人向けの新聞で働いている。モントリオール映画祭に参加した日本映画の記事も、今までに沢山書いて来たらしい。

取材の最中に、事務局のルイが現れて私に別の女性を紹介した。スンさんと言って、中国から来たプロデューサー件バイヤーだった。彼女は私が日本人の監督だと知り、興味を持ったらしい。

「後でビジネスの話をしましょう」などと言ってたが、その時は、そのまま消えた。

日加新聞の取材が終わって藤本さんを出口まで見送ると、「はい、カズユキ! ミシェル、ミシェル」と声をかけて来る男あり。前日に私の映画を見に行くと言っていたミシェルである。

「お前の映画見たよ。凄く良かった。3回も泣いたよ」「あ、本当に見てくれたんだ!」

 それじゃって事で映画祭が主催しているフリービアのパーティー会場に移動して、二人で話をした。彼は重そうなショルダーバッグから自分が今まで撮った写真のサンプルを出して、私に見せてくれた。今度の映画祭で撮ったソフィーマルソーの写真もある。スクラップブックの中にタケシさんの記事があったので、「これもお前が撮ったのか?」と聞くと、「この時は他の女優の撮影が長引いて間に合わなかったんだ。残念だった」などと言ってる。

「それにしてもお前の映画は良かったよ。ストーリーはクラシックだが、撮り方はウルトラモダンだ。そこがいい。最初のストリートを追いかけて行くショットはどうやって撮ったんだ? あれはフィルムかHDか? 何でコンペに出さなかったんだ。コンペに出てる日本映画も見たけど、お前の映画の方がコンペ向きだ。お前の次のプロジェクトはなんだ? 俺もスクリプトは書いてるけど、ディレクターをやる自信がないだ……お前は良いディレクターだよ」

 彼はちょっと落ち着きのないキャラクターで、次から次へとよく喋る。しかし映画に対する批評は的確だった。クロードと同じで、映画のコンテンツとスタイルをきちんと認識している。「ストーリーはクラシックだが、取り方はモダンだ」というフレーズは特に気に入った。

 ひとしきり喋ると、「俺、ちょっと友達と約束があるけど、夜、また戻ってくるよ」と言ってまた行ってしまった。そして本当に夜に戻って来るのだが……。

その日は、夜の九時からコンペにかかっているフランス映画を一本見た。「一日」というタイトルで、先日のトルコ映画よりは親しみやすい内容だ。ある一家の一日を、時間を行きつ戻りつして、夫の視点、妻の視点、娘の視点で描いている。観客の受けも良かった。後で結果を聞いたら、監督賞を取っていた。

その後、ホテルに戻って来たらエレベーターホールで例の中国人のおばちゃんに再会した。「ちょうど良かった。ビジネスの話しましょう。30分後にバーでどう?」と言われた。

一度部屋に戻って、ちょっと休んでいたら、すぐに内線電話が鳴った。「おばちゃん、気が早いな」と思って出てみたら、ミシェルだった。「今、ロビーにいる」というので降りて行くと、かなり酔っぱらった様子でロビーのソファに座っていた。再び私の映画の話。

「お前の映画は本当に良かった。とにかくインティメイトで素晴らしい」

インティメイトってのは「深い」って意味か? 随分と気に入ってくれたみたいだ。しかし、こっちの話ばかりでも仕方ないので、「お前さんの書いてるスクリプトはどんなの?」と水を向けると、話し出したのはいいんだが、何とも取り止めのない話で、女が男を求めて旅にでるけど、途中から西部劇みたいになって、それで、そこから先はまだ出来てなくて……。う~ん、典型的な駄目な脚本のパターンだな、と思いつつも聞いていたら、「何だここにいたの? 待ってたのに」とオバチャンの声。それは例の中国人プロデューサーのスンさんだった。何だかダブルブッキング状態になってしまった。

困ったなと思いつつ、「先にバーに行って、待っててくれ」とスンさんに言ってミシェルの話の続きを聞いた。ミシェルの話はドンドン長くなり、しかも脱線して、取り止めもなくなっていった。「俺は40過ぎたが、経済的に独立しなくちゃならん。フォトグラファーじゃ大して稼げないし、ストックトレーダーになろうと思うんだ」など言い出して経済誌を引っ張りだして、私に見せたりする。「株で儲けたら、その後、スクリプトを書くんだ」う~ん、日本にもいるよなあ、こういう奴。

 いい加減、話の切れ目がないので仕方なく、ビジネスの話があるからもう行かなくちゃいけないんだ、と切り出した。すると彼は「お前のポートレイトが撮りたい」と言い出し、カメラを引っ張りだした。私はロビーでポーズを撮り、彼は何枚かシャッターを切った。

「これは現像したらお前の所に送るよ。それからお前の映画をショップで探して友人に見せるんだ」と言う。私の映画を彼がフランスで手に入れる事は出来そうにないので、私は思わず英語字幕つきの「ディアフレンズ」のDVDサンプルを彼に差し出した。何かの時に誰かに見せようと、日本でダビングして持って来ていたのだ。

「わお、こんな事をしてもらったら、僕は代わりに何をしたらいいんだ!」

「写真と一緒にレビューを書いて俺に送ってくれよ」

「お前に会えて、俺は本当に嬉しい。お前はとてもナチュラルな奴だ。だから僕は声をかけたんだ」

「俺もお前さんに会えて嬉しかったよ」

「ユア、ソウ、ナチュラル」

 ミシェルは私の手を握って、そう繰り返した。「ナチュラル」ってどういう意味だ? 自然体だって事だろうか? 何故彼がその言葉を選んだのか判らないが、とにかく悪い意味でないことは確かだ。私は嬉しかった。

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 その後、バーに行き、スンさんと話をした。彼女は中国のニューリッチって感じで、金のかかった身なりをしていた。

「私、日本ともビジネスしてるね。映画も配給したし、テレビドラマも準備してるし、今度サッカーのアニメもやるよ。今日の私の映画のスクリーニングは大成功。満員だったし、他の映画祭からも沢山声がかかった。今、こんな映画準備してるね。スクリプトは出来てて、ファイナンスしてるところ。あなたの次のプロジェクトは何? ホラー映画どう? 日本ではホラーはもう駄目だけど、中国ではまだ人気あるのよ。あなた合作しない? ホラーはだめ? コメディ? コメディは駄目よ。他の国じゃ当たらないから。志村けん、全然、笑えないね」

 とにかくパワフルな人で、この映画祭にも当然、自分の映画のセールスが目的で来ている。映画祭のチェアマンとは個人的にも親しいらしく、「今度の映画祭のポスター見た。東洋人の女の人が写ってるでしょ? あれチェアマンの愛人ね。あんまり美人じゃないよね。評判悪いのよ」などとまくし立てる。

こんな事ならミシェルともう少し話せば良かった。あ、しまった。一緒に写真撮るの忘れたよ……。私は、今別れたばかりのミシェルのことが気になって、彼女の話に身が入らなかった。本当はミシェルの事だけが原因ではなかった。ここ数日、純粋に映画論のような事ばかり話していたのに、急にビジネスの世界に引っ張り出されて、白けた気分になってしまったのだ。もちろん、これも映画祭の重要な一つの側面であるのは判っているのだが……。

 

 国際映画祭の経験はまだそれほど多くないが、私の思うところ、映画祭には三つの側面があると思う。一つはコンペティションを中心とした最も華やかな部分。レッドカーペットを歩く監督や女優、プレス・カンファレンスに授賞式、感激のスピーチなど、マスコミにもっとも取り上げられる部分だ。もう一つは、名もなき映画人と観客達の交流。短編も含めた小さな映画たち。その映画と共にやって来るまだ無名の監督やプロデューサー。そういった映画にも目を向けてくれる映画祭好きの観客たち。私の映画「ディアフレンズ」はこのカテゴリーだ。日本ではそれなりに大きな公開であったが、まだまだ無名な監督と無名な役者によるスモールムービーだ。

 そして最後にビジネスとしての側面。私は参加した事はないが、セールスの為のミーティングも沢山行われている。ある種の人たちにとっては、この部分こそが映画祭であったりする。

「これから私、上のカジノに行くね。あなたはカジノどう?」

「俺は賭け事は好きじゃないし、明日が早いから、部屋に戻るよ」

 そんな会話をしてスンさんとは別れた。次の日は5時45分にはホテルを出ないといけない。上手く寝られるといいのだが……。目覚ましを二つセットして、ベッドに入った。

 

 

 

 さらばモントリオール

 

 

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 翌日、朝5時30分頃にホテルのロビーで待っていると、ゴンザレスも降りて来た。彼も今日帰国するらしい。

「お前さん、ようやくジェットラグを克服したみたいだね」

 すっきりした私の顔を見て彼は言った。確かに、帰国の当日になってやっとジェットラグから解放されたようだ。まあ、こんなもんだよな。

「ところで、君の映画をDVDで見たよ」と私は彼に言った。

 実はゴンザレスのドキュメンタリー映画は、私が来た初日に公式上映が終わっていて、その後劇場で観る事が出来なかった。しかし彼は「ディアフレンズ」の二回目の上映の時にわざわざ駆けつけてくれて、上映後「凄く良かったよ」と力強い握手してくれた。私も彼の映画を見なくてはいけないと思った。そこで最初の日にクロードが私の映画を見ていたように、DVDレンタルのシステムを利用して、彼の映画を見る事にした。英語のタイトルは「OLD THIEVES(年老いた泥棒たち)」。中々優れたドキュメンターで、最後まで飽きる事なく見終えた。

貧しい家に生まれ育った少年たちが、生きるために盗みに手を出し、やがてスリーピースを着こなす洒落た大泥棒になる。しかしやがて社会や政権が代わり、裏切り者が出る。体制の手下になる奴、かつての仲間を拷問する奴、仲間の手で牢屋に入れられる奴……。メキシコの歴史を背景にしたすぐれた人間ドラマだ。これを元に「グッドフェローズ」の様な優れた犯罪映画を作る事も出来るだろう。中々やるじゃないか、ミスター・ゴンザレス。

 彼とは空港の入り口で一緒に写真を撮って、握手をして別れた。

 

 やがて機上の人となり、モントリオールの街が小さくなって行くのを窓越しに見ていた。

 そこには沢山の住宅やオフィスが立ち並び、人々が仕事をし、生活をしている。恐らく一生出会う事のない人たちだ。しかし、その中にほんの限られた人数だが、私が監督した映画を見た人がいる。目を真っ赤にして旦那さんと抱き合っていたあのご婦人も、この景色の中のどこかにいる筈だ。昏睡状態にあるという友人の側で、「ディアフレンズ」の事を再び思い出してくれるだろうか? 

そんな事を考えると不思議な気持ちになる。

 

ミスター・クロードは、私の他の作品も見てみたいと言ってくれたので、別れ際に前作「キープ・オン・ロッキン」の英語字幕つきのテープを渡して来た。そんな時のために用意して来たテープである。彼はレビューを書いて送ると言ってくれた。楽しみにしている。

 ミシェルは写真を送ってくれると言ってたが、株なんかやらずにスクリプトを書けと私は言いたい。日本に来た時は、俺の家に来いと言ってあげたが、それは本気だからね。

 二回目の上映の後に会ったカナダ人の日本アニメ好きの女の子シルビーからは、早速メールが来た。志留美という当て字が笑えた。

 スンさんは、東京国際映画祭で日本に来るので、その時また連絡すると言ってたが、合作の話、本気かね?

 ゴンザレスのメールアドレスは聞き忘れたが、きっといつかあんたの作る劇映画を観る機会があるだろう。二人とも好きな監督に上げていたケン・ローチの様に、ドキュメンターから劇映画に転向して成功した監督もいるわけだし。

 ルイやジュリーなど映画祭の人とは、直接、お別れが言えなかった。出発が早かったからね。でも、感謝してます。色々とお世話になりました。

 現地でランチを食べた日本人二人にも感謝してます。彼女たちは最後の上映の時に、わざわざ「ディアフレンズ」を見に来てくれたのだ。映画好きの彼の方は、上映後、目を真っ赤にして泣いていた。その後、映画の話もいろいろ出来たし、楽しかったよ。

 

 映画祭は読んで字のごとく『祭』だ。始まる前はわくわくするが、終わってみると何故か寂しい。楽しかった思い出は、まるで夏の日の花火がごとくである。

 しかし映画祭は映画人を勇気づけてくれる。映画作りという物が、苦労に値するものだという事を、改めて教えてくれる。そして、映画に国境はないという事を、理屈抜きに実感として教えてくれるのだ。

 さようなら、そしてありがとう、モントリオール国際映画祭。

 

 

 

 

 

 おわり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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