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2011年8月10日 (水)

モントリオール国際映画祭 part2

 

 クロードとワイン、ゴンザレスとビア

 

 

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  翌日、ジェットラグのせいもあり早朝に目が覚める。朝食までは時間があるので、ホテルの近くを散歩する。朝食はバイキングスタイル。好きなものを取って食べる。パンとスクランブルエッグとソーセージとサラダ。典型的なホテルの朝食だ。食べ終えてまた時間を潰して10時過ぎに映画祭の事務局へ行く。「10頃、お会いしましょう」と映画祭のホストから手書きのレターが前日残されていたのだ。名前はルイ。男なのか女なのか? 私の映画の第一回スクリーニングは翌日なので、その打ち合わせをしなくてはいけない。

事務局には既に各国のプレスや関係者がガヤガヤと集まって、フリードリンクのエスプレッソを飲んだりしている。部屋の中にはコンペ作品のポスターなどが貼ってあり、いかにも映画祭って雰囲気。さてルイは何処にいるのかなと歩き回っていると、何処からか日本語の会話が聞こえて来る。「うん?」と耳を澄ますと、それは会話というよりセリフだ。しかも聞き覚えがある。なんと「ディアフレンズ」の劇中のセリフじゃないか! 一体、何故こんな所で!? 私は声のする方へ近寄って行った。

事務局の奥の部屋はDVDルームになっていて、スケジュールの都合などで劇場で観る事の出来なかった作品を、サンプルDVDを借りるという形で観る事が出来る。「ディアフレンズ」の声は、その部屋から聞こえて来た。そっと部屋を覗き込むと、一人の初老の男性が、液晶モニターに映る我等が主人公リナとマキそしてカナエの芝居を見ているではないか。しかもその男性はポケットからテッシュを出して、涙を拭っている。一体、この人は誰なんだ? 

   

 

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  その男性はどうやら最後まで「ディアフレンズ」を観る気らしい。私はエスプレッソを飲みながら、彼が見終わるのを待つ事にした。何で公式上映の前だというのに、わざわざ「ディアフレンズ」を見ているのか、聞かないわけにはいかなかった。

上映が終わり部屋を出た所を捕まえようとおもったが、男性は何やらメモを取り始めて、中々席を立とうとしない。しびれを切らした私は、近づいて後ろから声をかけた。

「キャナイトークトゥーユー? コーズ、ユーワーワッチン、マイフィルム」

 男性は僕を見て少し驚いた顔をしていたが、「ア、ユー、アディレクター?」と聞き返すので「イエス」と答えると、急に人懐こい笑顔とになり、ちょっと話しましょうという事になった。

 彼の名前はクロード、カナダ人の元大学教授で映画評論家でもあった。日本映画と日本文化が専門で、私の映画について批評を書くつもりだったらしい。「ユアムービーイズ、ベリータッチン。アイ、クライド」、感動的で泣いてしまいました。彼はそう言ったあと、「私これからちょっと用事ありますが、夜、時間がありますか? 良かったら街を案内します」と突然日本語で喋りだした。「日本語、お上手ですね?」というと、「以前に日本にいた事があります。中野に住んでました」とのこと。僕らは6時に再会する事にした。

 何て偶然なんだ! 映画祭参加初日に自分の作品を見ている日本語をしゃべる現地の映画評論家と出会うなんて。しかも彼がまさにその作品を見ている最中にだ! これは神の配剤か。などと大げさに考えてしまうくらい、ラッキーな出来事だった。

 

 ところが彼と話し込んでいる間にルイは姿を消してしまっていた。しかたない。約束の時間を既に一時間近く過ぎていた。12時に再び戻って来ます、というメッセージをデスクに残して、再び街に出た。

 ホテルの近くは開発途中の土地が多く、廃墟も多かった。グラフティアートがあちこちに見られて、それはそれで面白いが、何となく閑散とした雰囲気だ。それからここはフランス語が公用語なので、道路標識や看板は皆フランス語。フランス語が読めないと公共の表示は判らない。人々は英語も喋るが基本はフランス語だ。元々、フランスが最初に入植し、その後イギリスがフランスを追い出して、入植したという歴史がある。残った人たちはフランス文化に誇りを持っているので、ケベック州の独立が叫ばれた事もあった。

 

 12時になって事務局に戻る。ルイのデスクは再び空だったが、隣の人に聞くと「戻って来たので、その辺にいるよ」との事。再びフリーのエスプレッソ(これが美味い)を飲んで待つ事にするかと思っていたら、向こうから声をかけて来た。ルイは中国系の女性だった。フランス語、英語、中国語、と日本語を少し喋るが、私「オバサンね、オバサン」という彼女の日本語は他の言語に比べるとちょっと変だった。

 翌日の舞台挨拶の打ち合わせを軽くすませると、隣のテーブルにも日本から来た関係者がいて、ルイが紹介してくれた。名刺交換すると、「棚のすみ」という映画のチームだった。僕が「ディアフレンズ」の監督だというと、「あ、劇場で見ました。うちは本当に小さな自主製作映画ですから……」という。しかし向こうは主演女優とプロディーサー、監督、スポンサーのテレビ局の人など総勢5人もいる。こっちは一人だと言ったら、ちょっと驚いていた。

 事務的な用事は終わったので、クロードと会う6時まで映画を見ようと思い劇場へ向かった。どうせなら翌日舞台挨拶をする映画館がいいと思い、「クオーター・ラテン」と称されるシネマコンプレックスまで歩いて行った。そこはかなり大きなシネコンで、一つの建物の中に劇場が15くらい入っている。プログラムを調べるとちょうど、時間が合うのはソフィーマルソーが出ている映画だったので、内容も確かめずそれを観る事にした。ちなみに関係者の身分証明書を提示すると、どの映画もタダで見る事が出来る。

 映画はクリストファー・ランバートが主役でソフィーは二番手、と思ったらなんとソフィーマルソー監督作品だった。しかもこれが二作目らしい。監督しているとは知らなかった。

 最初は面白く観ていたが、やがて役者の顔のアップばかりなのにイライラし、さらにはジェットラグの影響で、爆睡。気がついたら拍手と共にエンドクレジットが流れていた。内容はさっぱり憶えていない。

 

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「フランス料理とイタリア料理とギリシャ料理、どれが食べたいですか?」

 6時にホテルの事務局に戻りクロードと再会すると、彼は私に聞いた。ギリシャ料理ってのは食べた事がなかったので、ギリシャ料理にしましょうと言うと、「ちょっと歩きますが大丈夫ですか?」と僕の体調を心配してくれる。「大丈夫、大丈夫」と二人は夕方の街へ出て行った。

 クロードの日本語は私の英語より上等だったので、会話は主に日本語、時々英語って感じになった。セントカトリーナ通りという路を歩きながら、彼はその辺りの町並みについて説明してくれた。彼曰く、聖なる物と俗なる物が混在していてとても面白い場所だそうだ。確かに覗き小屋やストリップ劇場の並びに立派な教会が立っている。

「ここは昔、日本で言えば吉原の様な場所だったのです。ストリートガールが立ち疲れると、この教会に入って休息を取ったんです。あなたも明日の挨拶の後、ここへ来て休むといいです」

 ある教会の中まで案内され、そんな事を言われた。

 しばらく行くと町並みの様子も変わり、カフェやブックストアが並ぶ文化的な雰囲気になっていた。近くに大学があるせいだろうか。

 件のギリシャ料理店は30分ほど歩いた所にあった。クロードは店の人とフランス語でやりとりを始めた。私はメニューも読めないし、ギリシャ料理も初めてなので、注文は彼に任せた。ワインのボトルを一つ取り、二人でグラスを傾けながら、映画の話を始めた。

「君の映画はとても良かった。私は君の映画を見て泣いたと言ったが、だから良い映画だと言うわけではない。時には悪い映画で泣いてしまう事もある。君の映画の良かった点はスタイルがあるという所だ。そして役者の芝居がリアルでナチュラルである所もいい。なぜ父親とうまくいっていないのか、なぜ母親はああなのか、説明しすぎない所もいい。ストーリーの進め方も、最初に自殺しようとしている女の子が出てきて、その理由が次第に判って来るところがいい」

「主役の北川景子はどうでした?」

「彼女は素晴らしい。日本の役者の多くは説明的な芝居をするが、彼女はとてもナチュラルだった。マキの役の子も良かった」

「有り難うございます」

「しかし好きになれない所もある。それは二度目の屋上のシーンだ。その前のホテルのシーンはとても素晴らしかったが、屋上のシーンは説明的だし、トゥーマッチでアーティフィシャル(人工的)だった。あのシーンは要らないんじゃないか? 何故あのシーンが必要だったのだね?」

「うーん、何故と言われてもなあ……言い訳したくないんですが、これはベストセラーの原作を元に作っているので、ストリーラインは変えられなかったんですよ」と私は言い訳をした。

 私は彼の批評の的確な事に驚いた。日本の映画評論で不満に思うのは、映画をストーリーやテーマでしか語らない人が多いという点だ。映画に限らず全ての芸術は同様だが、二つの重要な要素を持っている。それは中身と形式、テーマやストーリーとスタイルである。この二つは同じくらい重要なのだが、その点を指摘しながら批評してくれた人は彼以外ほとんどいない。

 それに二度目の屋上のシーンが「人工的」だと指摘されたのにもギクリとした。確かにあのシーンだけ演出のスタイルを変えている。それは観客を泣かせようと意図したからだ。「痛いところを疲れたな」と感心してしまった。

 ミスター・クロードが最初に日本映画に目覚めたのは溝口健二の「雨月物語」だそうだ。その後、小津安二郎や黒沢を見て映画以外の日本文化にも興味を持つ様になり、大学で日本文化の講義をする様になる。他には小林正樹が好きで、彼曰く小林正樹は一時期モントリオールでとても人気があったそうだ。映画祭に来る日本の映画人のアテンドをした事も多く、「このレストランには新藤兼人や伊藤俊介も連れて来た」そうだ。

  二人でワインを傾けつつ映画談義は続いた。

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 ほろ酔い加減でホテルに戻って来て、ロビーのソファに座っていると、空港からの送迎で一緒になったゴンザレスに会った。

「初日はどうだった?」と聞くと、「スクリーニングは上手く行ったよ」と言う。じゃあビールでも飲もうかって事になり、二人でテラスへ。互いの映画の話になった。ゴンザレスの映画は年老いたドロボウ達のドキュメンタリーで、彼はもともとカメラマンなので自分でカメラを回しているらしい。「劇映画は作らないの?」と聞くと、「興味はあるけど、金はかかるし、役者を使うのっていろいろやっかいだろ? ドキュメンタリーの方が自由でいいよ」と言う。確かに!

「最近の日本映画はどうなの?」「小屋は増えたし景気は悪くないけど、5館のうち4館でハリーポッターをやってるよ」「そりゃメキシコと同じだね」「日本映画は見る?」「キタノの『ドール』を見た」「彼は日本じゃコメディアンとして有名なんだよ」「ほんとに!? 信じられない!」

「どうやって監督になったの?」「最初はポルノの助監督もやったよ」「マジで?」「それで、その時にこんな事があってさ……」「ははは、アンビリーバブル!」

「好きなのはコッポラとかスコセッシとかペキンパーとか……」「俺と似た趣味だね」「アントニオーニもいいね」「皆、70年代だな」「確かに」「最近の映画は、誰が作者なのか誰も気にしてないよ」「80年代に何か悪い事が起きたのさ」

「俺はキューブリックが好きだった」「俺も大好きだ。よしキューブリックに乾杯」「乾杯!」「でも最後の作品は好きになれなかったな?」「それってトム・クルーズのせい?」「(笑)そうだ、トム・クルーズのせいだ!」「でもマグノリアの奴は良かったよ」「そうだね」

 こんなに純粋に映画の話をするのは、何だか久しぶりな感じだった。

 

 

つづく。

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